第42話、熱血全力少年、君さえいればどんな勝負も、と歌う
その音が聞こえたのは、いつからだっただろうか。
いよいよ、観覧車……『フィリーズ・ホイール』のある広場へと、入ってきた時からかもしれない。
このままで終わるとは思っていなかったが。
まるで待ち伏せでもしていたかのように、そいつは現れた。
巨大な動くモノが、地響きを立てて、こちらに向かってくる音。
だんだん大きくなってくる。
オレを含めた、数多の人間を恐怖の闇に引きずりこんだ、全ての元凶。
その音が、このメリーゴーランドの馬たちを引き連れた馬車に突っ込んで来るという、確信に満ちた予感がして。
「……っ!」
どうこう言う前に、オレは馬車からまどかちゃんを抱えて飛び出していた。
「っ、ゆ、雄太さん?」
急なことに、驚いて声をあげるまどかちゃん。
それに答える余裕も無く、オレはまどかちゃんを庇いながら地面に転がった。
それから一拍遅れて、車と車が正面衝突したような衝撃音が木霊する。
すかさずそちらを見ると、ゆうに3メートル以上はあるだろう赤黒い物体が、今まで乗っていたかぼちゃの馬車を押しつぶしていた。
後ろからやってきていた作り物の馬たちは、止まることも出来ずに、その上に突っ込んで折り重なっていく。
「い、今の?」
オレに抱えられたまま、まどかちゃんは誰にでもなく呟く。
「あれがここの番人。雨の魔物、なんだ」
オレは油断無く、メリーゴーランドの残骸に半分埋もれた雨の魔物を見据え、そう言った。
「あんなのが、ここに?」
まどかちゃんの声は震えていて、それがオレにも伝わってくる。
無理もない、きっと今までは三輪さんの力で会わずに済んでいたんだろうし。
視界に入ってくる理不尽な圧力を伴った恐怖に逆らえるはずもないのだ。
人は、見ちゃいけないと思ったものほど見ずにいられないってことが、良く分かる。
「ヴァオオオオオン!!」
雨の魔物は咆哮をあげると、そこから立ち上がった。
そして、先程は一瞬しか見えなかった雨の魔物の全身が、見えるようになる。
「ああ。あれは……」
まどかちゃんが呆然とつぶやく。
まどかちゃんに、「見ないほうがいい」と言える程度のインパクトではなかった。
オレ自身が、嫌なのに釘付けになってしまっている。
そいつは、まるで赤黒い肉の塊みたいだった。
もう完全に皮膚と一体化して、鎧のようになった血濡れのシャツ。
体中どこかしこも血の色一色の中、足の先だけが、白い光沢を放っている。
その巨大な体に見合った黒光りする剣と、血を滴らせた赤い大きな顎。
起き上がったそいつは、濁りきった目を、ゆっくりとこちらに向けた。
その口元が、獲物を見つけて喜んでいるかのように歪むのが分かる。
「気付かれた……か。何となく予感はしてたけど、こいつをどうにかしない限り、オレたちのゴールはないみたいだ」
「ゆ、雄太さん? いったい何を?」
まどかちゃんをその場に降ろし、振り向きもせずそのまま庇うようにして一歩踏み出すオレに、戸惑いと不安の混じった声がかかる。
オレはそれに答える前に、右手を上げて、結んでいた二本のミサンガを解いた。
ドクンッ!
その瞬間。
全ての感覚が研ぎ澄まされ、心臓の音が耳のすぐ側で聴こえるのを感じた。
幸い、身体の負担はほとんどない。
こんなにも頻繁に『醒眉』まで解放したことは今までなかったが、意外といけるようだ。
そしてオレは、ほんの数秒だけ心構えをして。
ようやくまどかちゃんのほうに振り向く。
実は、それが一番勇気のいる瞬間だったかもしれない、なんて思いつつ。
「……あっ」
不安に覆われていた表情が、小さな驚きの表情に変化する。
オレの瞳の変化に気が付いたのだろう。
雨の魔物のインパクトほどではないが、これもちょっとした異常であることには変わりがない。
そういった心の中の葛藤を隠しながら、オレは笑って言った。
「見ての通り、オレにはあいつに立ち向かえそうな力がある。だから、オレが引き付けている間に、まどかちゃんは……うはっ?」
最後まで言い終える前に、オレはまどかちゃんに抱きつか……もとい、しがみつかれた。
それは、自分の物を離さない子供のような、そんな感覚。
さっきは急だったから気付かなかったけど、彼女の身体は恐ろしく軽く、柔らかかった。
天使の羽ってこんな感じかなって何となく考えてしまう。
「雄太さん……何するの?」
「言ったろ? あいつを倒さなきゃ、オレたちのゴールはないんだよ」
ぐずるように見上げてくるまどかちゃんに、オレは事実だけを述べる。
しかし、それがお気に召さなかったのか、いやいやをするようにまどかちゃんは言った。
「だって、危ないよ!あんなでっかい剣もってるし、雄太さんに何かあったら……わたしっ」
後半はもう言葉にはなっていなくて。
本気で心配してくれてるって言うのがよく分かった。
「大丈夫……さ」
「で、でもっ!」
まだ何か言いたがってるまどかちゃんを優しく放し、オレはその華奢な両肩に手を置いて。
「大丈夫、オレは負けない。まどかちゃんがいる限りは……ね」
潤んで光るその瞳を見つめ、オレができる改心の笑顔でそう言った。
「あ……う、うんっ」
すると、オレの気持ちと、意図が伝わったのか。
まどかちゃんは戸惑いと照れを含む微笑みで、そのまま少しだけ下がってくれる。
オレは、それを確認すると。
そのままくるりと背を向けて。
改めて、そんなやりとり終えるまで律儀に待ってくれていた。
雨の魔物へと向き直るのだった……。
(第43話につづく)
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