第39話、熱血全力少年、自らの行動、意思に反して後悔したくないから
夢でよく見る、運転していて云々かんぬん。
果てして今回はどうか。
外側を囲む壁が高い以上、曲がりきれずぶつかることはあっても、外に飛び出してしまうことはないと思われたが……。
「あ……」
そこは、S字クランクだった。
一台の黒服二人が乗っていた車が、曲がりきれなかったのか事故って横転している。
黒服二人は身体を痛めたのか、うずくまって倒れていて。
「た、たすけっ」
近付いてきたオレに気付いたのだろう。
風に乗って届いてくる小さな声。
オレは無意識のままに何度かハンドルの黒いボタンを叩いた。
するとコースターは、聞き分けのいい犬のようにゆっくりと止まる。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
三輪さんの話を聞いていなかったとしても。
このまま見捨てるのは、いくら罪人でも気が引けた。
オレは蹲って表情の見えない男の一人に近付き、声をかける。
「ありがとう……」
抱き起こしたさえない青年は、オレを見て嬉しそうに笑って。
「ほんとにありがてえよ!」
「なっ!?」
いつの間にか背後に回っていた、もう一人の下卑た声。
がつんと後頭部に、何か硬いもの衝撃。
それは黒陽石の塊だった。
一瞬。
自分の迂闊さと不甲斐なさに、意識が飛ぶ。
「バッカじゃねーの! 魔物のエサになって死ねよ!」
オレは起き上がろうとし、思わず力を解放しそうになって躊躇する。
その一瞬の逡巡がまずかった。
そんな見下げ果てたさえない男の声とともに、ふかすエンジン音。
やっとの事で顔を上げれば、オレのコースターを奪って逃走していくのが見えて。
後には、とても走れそうには見えないタイヤの外れてしまったカートと、オレだけが残される。
そこに、タイミングを計ったかのように雨の魔物の足音だ。
できすぎの結末に、オレは思わず笑ってしまった。
「……仕方ない。覚悟を決めるか」
自分のやったことに後悔なんてしたくなかった。
故に起きてしまった事は忘れ、やってくるだろう雨の魔物に備えて、手のひらをミサンガに添える。
その姿を目に入れるか否やの先手必勝。
果たしてそれでいけるかどうか。
オレはすっと腰を低く落としこんで……。
「な、なんだこれは?」
やってきたものを見て、思わず脱力してしまった。
それは、カートだった。
しかも凝った事に、座席の後ろにスピーカーを乗せている。
象の足音のような重低音を響かせている。
「あれ? それじゃあ雨の魔物は……」
どこに行ったんだろう?
そう呟こうとして。
「……っ!」
微かに聞こえてきたのは、誰かの悲鳴。
「ま、まさかっ」
どこかに先回りでもする道があった?
確証はないが、それは先行した者たちの悲鳴な気がして。
騙された方が助かるなんて、皮肉にしてもできすぎている。
オレはお誂え向きにやってきたカートに乗り込み、コースを走ったけれど。
ぐるりと一周して再び三輪ランドの敷地に復帰するまで、誰にも会わなかった。
凄惨な現場の後もなく、雨の魔物の姿もない。
ただ、それほど遠くはないどこかで。
魂握りつぶすような雨の魔物の咆哮が聞こえていて……。
※ ※ ※
カートは、敷地に戻ったことで、力尽きるみたいに動かなくなった。
なんとなくこれは三輪さんの最後の力で、オレは助けてくれそうにも思えたけれど。宛はあっても未だ掴めず、そのままふらふらとオレは歩きだした。
ここに来てから、どれくらいの時が経ったのかが、もう曖昧だった。
太陽は昇り沈みを繰り返しているのを数えるのにも、億劫だった。
そして、それがいいことなのか悪いことなのかは分からないが。
道中誰にも会うことも無かった。
(お腹、減ったな)
水は、そこかしこにある噴水で何とかなっているが、空腹感は消えそうにない。
しかしそれでも、オレ自身の足が鈍ることは無かった。
普通はどこかしらガタがきてもおかしくないはずなのだが……。
それはちょっとした違和感だった。
オレの感覚が飛んでしまっているのか、それとも。
(これじゃあ、まるで……)
まるでの先を紡ごうとして、何を考えていたのかを忘れてしまう。
そんなことを繰り返しながら先の見えない歩みを進めていると、オレの鼻先にぽつりと当たるものがあった。
「雨だ……」
空を見上げると、空はいつの間にか昏く厚い雲で覆われていて。
すぐにオレを叩く雨の数が数え切れなくなってくる。
「うわっ!」
オレは、雨宿りできる場所を探して走った。
とりあえず迷路から出て広いところに行けば、何か雨宿りできる場所があるかもしれない。
そして。
そう思ってやがて走り出た広場には。
夢で見た情景と全くといっていいほど同じ世界が広がっていた……。
(第40話につづく)
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