第37話、熱血全力少年、真摯な願い受けて生成色の鳥籠姫の元へ



三輪さんはそこで一息ついた。

溜息すらも昏い場の雰囲気が、オレの心をじくじくと侵食していく。


オレは耐えられるだろうか。

話を聞くことは、その話の責任を負うことでもある。

その責任を、背負いきれるだろうか。



「……何人もの犠牲者が出た。それは、凄惨なものだった。かく言う私も、雨の魔物の、黒陽石の餌食となった一人だ。命を落とす前に、この場所が残せたのは不幸中の幸いだったがな」

「え? それじゃあ、『プリヴェーニア』で会ったあなたは一体?」


オレは、至極当然な疑問をぶつける。


「あれも、今の私と同じだよ。ホログラフだ。ここに来る者達を求めて彷徨っていたという意味では、幽霊のようなものなのだろう。外にいる私はここにいる私より随分不安定であり、黒陽石の力の干渉も受けやすく行動も制限されがちだったが……それでも君に出会えたのは幸運だったのかもしれないな」


ただ、記録された言葉を紡いでいるわけじゃない。

ちゃんと感情もあって、オレに言葉を返してくれる。

この人は未だ生きてるんだって強く感じていると。

そして、脱線しかけた話を戻し、三輪さんは続ける。


「国も、当初はこのことを重く見て、多くの人が調査などの名目でここを訪れたが、

それはいたずらに犠牲者を増やすことにしかならなかった。そして、その後の国の対応は筆舌に尽くしがたいほど、酷いものだった。ここまでの被害を出してしまった以上、この場を破棄するべきところを、逆に利用するようになった。私の……それでも大事なこの場所をあろうことか、罪人の処刑の場として、刑務所が抱えきれない、罪人たちの刑を処する場として、利用するようになったのだ」

「なっ」


オレは言葉を失った。

罪人の処刑場だって?

すぐに思い出したのは、皆同じ黒ずくめの、団体。

それじゃあ、ひょっとしてあのバスで来た黒服の人達がそうだっていうのか。


オレの中で、様々な葛藤が交錯する。

再び何に憤っていいのか分からない複雑な感情が燻った。



「……それが、ここで起きたことの、全てだ」


オレの感情とは裏腹に、三輪さんは無感情にそう言う。

しかし、話はそれで終わりではなかった。


「そのこと全ては私の責任だ。それについて罪を償う術すらないのが悔やまれる……が、それでも恥を忍んで君に、ここに来た君に願いがある」

「……」


その言葉は、今までで一番人らしさが滲んでいた。

オレは、黙って続きを待つ。


「私の罪に、何の負い目もない私の孫が、巻き込まれてしまっているのだ。今までは、私がこうやってここのシステムに同化しているから何とか無事でいるが、このままでいいはずがない。孫の、まどかの人生が、こんな所で埋もれてしまって、いいはずがないのだっ」

「まどかちゃん? ……そうか! 何でオレそんなすぐ気付きそうなこと、今まで気付かなかったんだろう」


オレは思わず声に出してしまう。

すぐに気付いてもいいはずなのに、やはり気が動転していたのかもしれない。



「なんと、まどかに会ったのか?」


はっきりと、三輪さんの顔が驚きに染まる。


「はい、途中ではぐれてしまったんですけど」


オレはすぐに返事を返したが、あの時も何もできなかったんだと思い出し、自然と声のトーンが落ちていくのが分かった。


「そうか、それは戸惑っただろうな。重ね重ね済まない。それは、まどかを危険から守るためと、ここから出してやるために必要だったのだよ」

「ここを出るっ? 出られる方法が、あるんですかっ!?」


オレはそれを聞き、身を乗り出す。

実のところ、三輪ランドの一番外枠の壁を何とかして乗り越えられれば外の出られるのではと試すつもりだったのだが。

どこが一番外枠なのかも分からず、白壁の道は行けども行けども終わりがなくて、正直行き詰っていたのだ。



「ああ、私はまどかのために、何とか出口を作っておいたのだ、それは元々、三輪ランドのアトラクションでもあるのだが……ぐっ?」


ザッ、ザザーッ……。


その時。

三輪さんの投影された体に、ノイズが走る。


「ど、どうかして……? 大丈夫ですかっ!」


駆け寄るが、触れられないのがもどかった。

ただ見ていることしかできない。

だんだんとその姿が霞んできて、表情も何だか苦しそうだった。


「ちっ。ついに気付きよったかっ。永輪の少年よ、聞いてくれ、私の願いをっ。まどかを……看板の言葉通りにっ……一緒にっ」


ブチッ。

そこまで言った所で。

急に停電したかのようにその場が暗くなった。


「くっ、何だっ!?」


まるで、吹き消された蝋燭のように、三輪さんは消え去ってしまう。


ォオオオオオーン……。


思わず体が強張った。

遠いどこかで聴こえるのは、怪物の咆哮。

まるでオレがこれ以上知ることを許さないかのようなタイミング。

オレは焦って電源を復活させようと色々触ってみたが、何も起こらない。


「三輪……さんっ!」


オレは呼びかけるが、機械は死んだように静かなままで。



「くそっ!」


後もう少しで、ここを出る方法が分かったのにっ。

吐き出せない悔しさが、オレを包む。



ヴァオオオオオーンッ!


再び聴こえる雨の魔物の咆哮。


何だかそれはだんだん近付いているような気がして。

オレは三輪さんの託した願いに頷くことも答えることも出来ないまま。

その場所を後にするしかなかった……。



「願い……か」


外に出て、昇った朝日に瞳を閉じながら、自然とこぼれたのはそんな言葉。

それは真摯な願いだった。

断る理由は、見つからない。

だってその願いは、オレの願いの一つでもあったのだから。



オレは確かに誓ったんだ。

まどかちゃんと一緒にここを出るって。


三輪さんの願いには、それにも負けない想いがこもっていた。

互いに願っていることは同じだって。

最後の瞬間、間違いなく感じていて。

オレはそれを託されたんだって、ちゃんと理解していた。


ただ、問題なのは。

目的達成のための情報は少ないってことだ。

この広大無限な三輪ランドの中、人一人探すというのは無謀もいいところだろう。


しかし、だからこそ、迷っている暇はなかった。

思い立ったことを信じなければ見つからないと、強く思う。


分かっているのは、ここを出るためにまどかちゃんと会わなくてはいけないこと。

そして、看板の言葉。

『三つのサーキュレイトに導かれし者のみ、光を指し示す』

というものに重要なカギが隠されているらしいということだけだ。



(とにかく、まどかちゃんを探さないと)


目指すは、夢で会ったあの場所、『メリーゴーランド・レイト』の所だ。


オレは、頬をバチンと叩いて気合を入れ直すと。

その場所目指して歩き出すのだった……。



   (第38話につづく)






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