第8話、熱血全力少年、究極善人優男に理想が高いと嘯かれる




それから、引き続き明日の準備をしていたけど。

結局身になるような情報は得られなかった。

雨の魔物の祟りとやらと神隠しがイコールであるのか、それすらも分からずじまいで。


過去の研究記憶を見ようにも、その記録が残っていなかったからだ。

まぁ、調べたことを公表したくないってのは分からなくもないけれど。

ようはいくら調べてみた所で行ってみてからのお楽しみ……ではなく、行ってみないと何も分かりはしないんだろう。



いったん非日常の事は忘れ、通常の旅行と変わらぬ準備を家に帰ってしてるうちに。

気付けば次の日、実地体験の当日の朝を迎えていた。

 

オレは動きやすく、着慣れた黒のジャケットに薄黄色のチノパンといった服装で家の玄関に立つ。

右腕には、3本のミサンガを捲いていた。

もう十年来、肌身離さず着けているもので、古ぼけてはいて時代遅れな一品ではあるが、その分思い入れもある。


本来なら、切れてナンボの代物だけど。

それを見ていると、何だか気分が高揚してくるのだ。



「よし。今日も一日、頑張るかっ!」


気合を入れなおしてリュックを背負い、いざ出発だと庭先に出た時だった。



「おお、おはよう。雄太。山登りにでも行くのかの?」


柔和な顔ながらどこか鋭さを持つ瞳でオレのいでたちを眺めつつ。

竹箒で庭を掃いていたじいちゃん……永輪広造(ながわ・こうぞう)が、声をかけてくる。


「あ、おはようじいちゃん。山登りじゃなくてサークルの課外活動なんだ。行くのは遊園地だけど」

「なんじゃ? 遊びに行くのか?」

「遊びにいくって言うか。うーん、探検、調査……いや、冒険かな」


オレが曖昧にそう言うと、じいちゃんは何を思ったのか、何の予備動作もなく、ふっと竹箒を鼻先に突きつけてきた。

 

ブワッ!

すると、そこから巻き起こる圧力を伴った風。


「わわっ?」


全身の毛という毛が沸き立つ感覚。

背中を落ちる冷や汗を秋口の風が冷やした。


「な、なんだよじいちゃん、いきなりっ」


突然のぞわぞわ感に、オレは思わず腰を引く。


「……ふむ、感覚は鈍っていないようじゃな」

「何だよ感覚って? わけわかんないよ」


じいちゃんはオレの問いには答えず、遠くを見つめるようにオレの背後、家の敷地内にある古い道場を見やった。


―――永輪道場。

じいちゃんが旗揚げした『輪永拳』という名の護身術を教え、習うための稽古場だった。


『オレも、わくわくするような不思議なことを実感したい』


サークルに入って半年あまり、オレは友人にそんなグチをよくこぼす。

なぜみんなが度肝を抜かれるようなことを、オレだけ体験できないのか、なんて。

それに対して、部長などからは逆に危険回避の安牌として重宝がられたりするわけだが。


小さい頃オレとともにこの道場に通っていたその友人……幼馴染のアキちゃんは首を振る。

そんな言葉は嘘だって。

むしろ逆だって。

オレが不思議に触れられないのは怖がりで臆病だからなのだと、臆面なく言ってのけるのだ。


怖いと、危険があると分かると、触れる前にそれに感づき読み取る力があるから、非日常の扉を開ける前に避けてしまうのだと。


それだけであるならば。

言われてみればそうかもしれないって、妙に納得する部分もあるのだけど。


アキちゃんのオレという人物への分析はそこで終わらない。

あるいは、と意味深に続くのだ。

雄太は面食いで理想が高すぎるだけなのだと。

それは、急に話題が変わったようにも思えるけれど、ちゃんと意味がある。


どうやらアキちゃんが言うには、オレは不思議に対しての理想が高いらしいのだ。

普段から非日常に慣れすぎていて、なまじ力があるからこそ、些細なことには、たいしたことのないものには目も向けないのだ、と。


それに対するオレの答えはいつも一つだ。

それはただの買いかぶりだって。


だけど、アキちゃんがそんな事を言ってくるのにも理由がないわけじゃないんだろう。

オレが輪詠拳創始者の、できの悪い孫なのだから。

永輪道場は、表向きは自身を守るための技術を教えてくれる場所であったが、その実、世界に蔓延る不思議や怪奇から身を守る術を習う場所だった。


目には目を。

輪詠拳と呼ばれる、同じ超常の力を身につけることによって。


それは、拳と名がつくだけあって、基本は空手などと大差ない。

だが、『曲法』と呼ばれる不思議な力を秘めた文言を覚えなぞり使うことによって、不思議や怪奇に対抗する力へと変貌する。


それは、いかにも空想の物語に出てくる正義の味方が持つ力って感じで。

オレもかつては夢中になって道場に通っていたけれど。


今、それを習うものはいない。

オレが中学生くらいの頃はまだ活気もあったけど。


何故ならば、輪詠拳を習得するには類まれなる才能が必要だからだ。

『曲法』の文言は覚えるのはとても難しい。

発音一つ違えば、何にもならない。

たとえ血の滲むような努力をしてそれを覚えたとしても、その不思議な力を使いこなせる素養がなければムダになってしまう。


サギだなんだと、さんざん騒がれ、門下生は日に日に減っていった。

オレには才能がないからって、ずっと努力し続けていたアキちゃんが辞めた日、オレもやる気をなくしてしまった。


小さい頃は小さいなりにヒーローみたいな存在の憧れもあって、オレ自身も結構本気で習っていた時期もあったけど。


もうそれも昔の思い出だ。

オレに現実を知っても継続し続ける意志の強さは無かった。

一つのことに依存し続けるには世界には誘惑が多すぎる。


じいちゃんの視線を追いかけながらオレがそんなことを考えていると、じいちゃんはぽつりと言った。


「その冒険に、護るものはあるか?」

「え? 何? 護るもの?」

「輪永拳は、大切なものを守るための力じゃ。自覚せずともお前はそれを持っている。護るものがあるならばそれを使うことを、選択することをためらってはいかんぞ」

「よく分かんないけど、肝に銘じておくよ」


突然の言葉で、正直言葉の意味の半分も理解していなかったと思う。

それでもそれがオレにとって、意味のあることだっていう気はしていて。

だから、そう答える。

じいちゃんは、満足そうに頷くと、続けて言った。


「それから、忘れるなよ、輪永拳の第一曲目をな」

「『最後には絶対愛が勝つ』だろ? 分かってるよ、今時古いんだって」


自分で言って照れて、オレはぶっきらぼうに、そう言う。

じいちゃんは、そんなオレを見ながら、優しげに目を細めている。


なんだかんだ言っても、ちゃんと覚えているのが嬉しかったらしい。

じいちゃんはそこで箒を降ろし、それによってオレを覆っていた風は霧散した……。



    (第9話につづく)






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