種をあやす
@Teturo
第1話 始まりの歌
「よし! PV上がっている」
スマホを片手に聖司が、右手を握りしめる。パソコンに取り付いている陰気な女性、小麦は発言に興味を示さない。カタカタとキーボードを打ち続けている。彼は彼女の長い黒髪を撫で、肩に手を回し甘い声で耳元に囁いた。
「お前のお陰だ。これでまた、広告料が入るぞ」
今、巷のSNSで人気が急上昇を始めた人気デュオ「ショートブレッド」。構成はイケメンボーカルの聖司と、コミュ障
最近、彼らの動画や楽曲の再生回数が、右肩上がりとなっていた。
筋金入りの喪女であった小麦は聖司と触れ合い、一人ではなく他人と曲を作る事に満足している。しかし彼は違う。PVを伸ばし、売上を上げる事に拘った。
概算だがUチューブでは、チャンネル登録一人当たり月10円、一回再生ごとに0.05円である。
Orange Music で一回視聴されると、0.8円位の売り上げが上がるらしい。単純計算で月10万円を売り上げるには、80万回の視聴がなければならない。途方もない労力が必要となる。
小麦は純血種の引きこもりだ。対人コミュニケーションが苦手な彼女は、中学から家を出なくなった。勉強は出来るので現在は、大検を突破して通信制の大学に所属している。両親は海外の巨大企業で働いており、生活費などは全く心配ない。住居も彼らから与えられたセキュリティバッチリの高級マンションに一人暮らしだ。
そんな彼女にも承認欲求は有り、SNSで細々と自作インストロメンタルを発表していた。
彼女のサイトにフラリと訪れたのが聖司である。自分が作成した楽曲を、手放しで絶賛され有頂天になる小麦。気がつけばリアルのレストランで顔を合わせる事になり、その後はバーへ。そして顔だけでなく、身体まで合わせる事になってしまった。
ショートブレッドの活動では一応、作詞は聖司、作曲は小麦が行っているとクレジットされている。が、生歌以外は動画撮影まで全て、小麦が担当しているのが実情であった。
彼の歌声と彼女の楽曲の相性は抜群であったが、どういうわけかPVが伸びない。原因は聖司が付ける歌詞にあった。軽薄というか、内容の無い単語の羅列。プレバトのオバチャン先生が見たら、相手にもされないレベルのペラッペラの歌詞が、折角の楽曲を殺していたのだ。
そこで小麦は元の歌詞を精査し、聖司が言いたい内容に無駄な装飾を省いた歌詞に作り変えた。
現在流行している楽曲は、前奏が無いものが多い。またサビから始まる、タイムパホーマンスが良いものが流行に乗っているようだ。彼女が楽曲の全てをコントロールするようになってから、ショートブレッドのフォロワーとPV数は確実に上向きになって行った。
聖司は新たな楽曲を矢継ぎ早に要求する。今までのストック曲を自分の分析に合わせたアレンジし、求められるままに楽曲を与える彼女。そのうち有名Uチューバーなどから、楽曲の使用許可を求められるまでになった。売上も倍々ゲームで伸びてゆく。
ベッドの中で聖司が呟く。
「お前、金いらねーの?」
小麦は必要経費(サーバー代、DTMアプリ購入など)しか、楽曲提供の対価を取っていなかった。一週間の内、聖司が彼女の部屋に泊まるのは、二~三日だったが、その日数は増えて行く。遂には、ほぼ毎日入り浸るようになった。
同棲とは名ばかりで、聖司は彼女に生活費を全く入れなかった。大抵の女はこの位、ズブズブの関係になると彼を拘束し始めるか、生活費を要求し始める。しかし小麦には、その兆候すら見られなかった。
「私は聖司君と一緒に、いられるだけで満足だよ」
「……変わった女だな」
力関係は別として表面上は、バランスの取れたカップルだった。少なくとも小麦は、そう思っていた。
しかし破局は、アッサリと訪れる。SNS活動からメジャーデビューを果たしていた、著名グループからのオファーを聖司は受けた。オファーを受けたのは彼だけであり、小麦は求められていなかったのである。
どうやらそのグループでは見栄えの良い、表看板になるような人材を求めていたらしい。彼の見た目と歌声は、彼らの要求を十分に叶える物だったようである。聖司は小麦をアッサリと捨てた。入り浸っていた彼女の部屋から、彼の私物がいつの間にか消えている。
自分の部屋から彼が消えた事を、小麦は落胆しながらも受け止めた。彼は自分には過ぎたる良人である。これまでの思い出を胸に一人で生きて行こう。そう思い、ショートブレッドのデータを保存しようとした。
「え、何?」
彼女のコンピュータから、楽曲のデータが全て消えている。驚いた小麦はネットから、これまでの活動記録を確認しようとした。
「……嘘」
これまでの記録は、クラウド上からも全て消失していた。慌てて周辺の検索を掛けると、小麦が作成した楽曲が違う名前で、公開されている事に気付く。新しく開設された聖司のアカウント上である。しかも楽曲と歌詞の権利も全て、彼のものに書き換えられ、そのグループの持ち曲とされてしまっていた。
いつかは捨てられる覚悟していた彼女も、これには傷付いた。二人の思い出までも、売り飛ばしてしまう彼に、必死の抗議を行う小麦。RINEでのやり取りでは埒が明かない。思いあぐねてスマホで直接連絡を取ろうとした所で、チャイムが鳴った。
インターホンのモニターを覗き込むと、聖司と派手な美女が映っていた。
慌てて玄関を開けると、にやけた表情の聖司が紙切れを小麦に押し付ける。その手を払い、彼女は声を上げた。
「私たちの楽曲のデータが、全部書き換えられているの。どうして?」
「流石引き籠り、情報検索が早ぇな。ここに来る前に作業を完了したばかりなのに」
「作業?」
「楽曲データの移送や、旧データの抹消よ。後、その書類にサインをして、送り返して頂戴」
大きな胸を持ち上げるようにして、腕を組む派手な美女。背の高い彼女は、小麦を見下げるようにして言葉を叩き付ける。
「この書類は何ですか?」
「これまでの楽曲データの権利放棄書。どうせ、貴方には必要無いでしょう。まぁ、何か騒いだ所で、ウチらのグループに傷なんか付けられないでしょうけどね」
小麦は押し付けられた書類に目を落とした。担当弁護士でも付いているのか、契約書の形式をしっかり取っている。しかし素直にサインをすると、彼らは思っているのだろうか?
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