モノには魂が宿る

 喉を斬られ、恐怖に顔を歪ませる仁。唖然とする美佳。ナタを振り抜いたままの姿勢で制止する妖怪。その全てが、ノアにとってはあまりにも刺激が強すぎた。


 仁が地面に崩れ落ちるよりも先にノアは膝を着き、口を押さえ涙を流す。


(こんな、事って――)


 そして仁が地面に倒れると、美佳は意識を取り戻して仁に駆け寄る。


「仁、仁! 嫌だよ、帰ったら一緒に私の部屋でご飯を食べようって言ったじゃん!!」


 仁の胸に突っ伏して泣く美佳。妖怪はそんな美佳の頭めがけてナタを振り上げる。そして振り下ろし、ナタが美佳の頭に当たる寸前で――彼女の姿が消える。


 辺りを見渡す妖怪。しかし突然、妖怪の全身に無数の拳と靴の跡が着き、妖怪は後ろに吹き飛び壁に激突する。


 咄嗟に妖怪が飛んで行った方を向くノア。そこでノアは、全身に稲妻を纏い、憎悪に満ちた眼差しで妖怪を見下ろす美佳の姿を見る。


「許さない……三十年越しに出来た友達だったのに。これからもずっと、姉弟の様に仲良くするつもりだったのに!!」


 美佳は妖怪が地面に落としたナタを踏み潰し、ついでと言わんばかりに妖怪の頭を思いっきり何度も蹴り飛ばす。その光景が痛々しすぎて目を閉じてしまうノアだったが……


(……私がこの現場を最後まで映さなきゃ、二人がここに来た意味が無くなる。自分の責務を果たさなきゃ)


 と決意を新たにし、閉じた目を開いて妖怪を画角に収める。


 引き続き美佳に蹴られ続けていた妖怪だったが、突然姿を消し、美佳の背後に現れて肘打ちを食らわせる。しかし美佳は動じることなく、妖怪を睨み付け姿を消す。


 その次の瞬間には妖怪の胴体に再び無数の拳の跡が付き、横に大きく吹き飛んで洞窟の壁に激突。あまりの速度と威力に、壁にはヒビが入ってしまう。


「稲妻の力をその身に宿す私は、光と同じ速度で動くことができる。動いてる最中は視界が真っ暗になるから、至近距離でしか使えないけどね。でも、その欠点は転生者特有の身体能力の高さが補ってくれるのよ」


 妖怪は体を震わせながらゆっくり身を起こす。


「力のことを周りにずっと隠してたのはね、どうせ言ったって意味ないって思ってたからよ。でも仁が私を外に出してくれたお陰で、私の能力に意味ができた。これからゆっくり、その恩返しをしてやろうと思ってたのに、お前は……お前は!!」


 立ち上がろうとする妖怪の首を掴み、地面に押しつける美佳。すぐに妖怪の全身に電流が走り、瞬時に妖怪の体は黒焦げになってボロボロに崩れる。


 その破片は黄色い炎と稲妻を纏っており、それらをしっかりカメラにアップで映した後、ノアはカメラのボタンを押して録画を切った。


 やがて破片に着いていた火も消え、焦げた破片も地面と同化する。それを見て我に返った美佳は、息も絶え絶えになっている仁の元に駆け寄る。


「仁!」


 ノアも美佳の反対側にまわって片膝を突き、仁の顔を覗き込む。ノアの顔を見た仁は何かを喋ろうと口を開ける。


「喋らないで下さい! 今病院に駆け込めば間に合うかも……そうだ! 鵺に医務室はありませんか!?」

「……」

「諦めないで下さいよ! 彼は喉を斬られただけだ、すぐに必要な処置を取れば――」

「ノアさん、だめなの。鵺に医者は居ないし、病院も原住民しか受け入れて貰えない様になってる。致命傷を受けた時点で、私達転生者は終わりなの」

「そんな……」


 仁は咳き込みながら、美佳の袴の襟を掴む。


「何!? 伝えたいことでもあるの!? なら口を動かすだけで良い、何とか読んでみせ――」


 言葉を遮り、仁は美佳に蜻蛉切の柄を差し出す。


「これを、私に?」


 仁は頷く。美佳が頷き返してそれを受け取ると、仁はそれっきり動かなくなってしまった。彼の死を悟ったノアは目を閉じ、十字を切って手を合わせる。美佳もそれに続き、同じ所作をする。


 先に目を開けたのはノアだった。美佳は涙を流しながら目を閉じたまま、体を震わせて動かずに居る。


「また私、一人になっちゃった。仁と一緒じゃ無いなら、本隊に行っても意味ないよ」


 声を震わせてそう呟く美佳。返す言葉に悩んでいたノアだったが、しばらくして答えが出ると美佳の肩を叩く。


「日本には古くから、物に魂が宿ると言う考えがあると聞きます。彼の魂は今、きっとその蜻蛉切の中に移ったんですよ」

「……え?」

「彼が貴女にそれを託したのが証拠です。自分の魂はこれから蜻蛉切に移る。死の間際にそう悟った仁さんは、これからも貴女と一緒に戦うために蜻蛉切を託したんです」

「そう、なの?」

「そうですよ。というか、そう思って下さい。彼もきっとそれを望んでいます」


 美佳は槍を強く握り込み、槍を支えにして立ち上がる。


「なんだかそんな気がしてきたわ。蜻蛉切が……いや、仁が私を励ましてくれているって、そんな気がする。彼がこれからも一緒に居てくれるなら、私もまだまだ戦えるわ」

「強いですね、美佳さんの心」

「貴女のお陰よ。さ、本部に戻りましょうか。総隊長には辛い知らせを聞かせることになってしまうけど……仁の為にも、しっかりこの一件を処理して貰わないと」

「……ですね」


 ノアと美佳は手を繋ぎ、洞窟を後にするのだった。


 ◇  ◇  ◇


「そうか、仁は死んだか」


 録画データが映ったモニターを見ながらそう呟く明理。悲しそうな顔をするノアと美佳の前で、明理は黙祷を捧げる。


「彼のような鵺の末端の隊員に対しても、貴女はその死を悼んでくれるんですね」

「オレは誰の死も忘れない、それが送り出す者の責務だからな」


 ゆっくり目を開ける明理。それから溜息をつき、明理は顔を上げる。


「そして、『鵺に医者が居れば助かった』という事実が映像に収まったのも無視できない問題だな。今回の一件で、医者の招致を他の何よりも最優先で行う必要が出来た。美佳、仁を失ったお前にとっては今更過ぎることだよな。申し訳ない」

「とんでもない! 仁なら、自分の死がこれから多くの人が助かるきっかけになるかも知れない事を喜ぶはずです」

「気を使わずにオレを責め立てる選択肢もあっただろうに、ありがとう」

「そんな事しませんよ」

「さて美佳。この映像の提出を以て、お前の白虎隊卒業を確かに認めよう。しかし配属先の発表は、ノアの討伐が終わるまで待って欲しい。それまでは実家でのんびりしててくれ」

「実家……?」

「ああそうか、お前は三十年以上ずっと寮にいたから、実家がどんなところかも思い出せないのか。待ってろ、住所調べてポータル繋いでやる」


 明理は席を立ち、本棚から一冊のホルダーを取り出す。そしてホルダーから1枚の紙を取り外し、そこにある情報を参考にポータルを開く。


「この渦に触れたら実家へ飛べる。久々の帰省、堪能して来な」

「ありがとうございます!」


 美佳はドレッサーの前に立ち、渦の中心に触れようとして、思いとどまり振り返る。


「ノアさんもありがとうね。貴女の健闘を、仁と共に祈っているわ」


 それからすぐ美佳はポータルに触れ、姿を消す。しかしノアはその言葉に対して、何も反応を返せずにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る