サプライズと『通り魔妖怪』
「ただいまー……」
奥の部屋からリビングへ出てくる明理。そんな明理がリビングで見た光景は――幸せに満ちていた。
テーブル一杯に並べられた熱々の料理に、それを前にしてコーラを飲んでいるノア。明理はそれを見て、ただただ唖然としていた。
「お帰りなさい! 風呂よりも私よりも、まずはご飯を食べましょう! ご飯は万病の薬です!」
「……なんだこれ」
「これは私からのサプライズです!」
「サプライズ?」
「昼間のやり取りで、私は確信しました。貴女は普段、私には到底計り知れない程の痛みを抱えて生きている」
「……まあな」
「私は無力なので、その痛みの元を取ることは出来ません。ですが、痛みで疲弊した心を癒やす事なら出来ると考えたんです。この料理達は、その誠意の証です」
「ノア、お前――」
「さあ、食べましょうよ! 私お腹空いてるんですよねえ。コーラじゃお腹は膨らみませんし、一緒に食べませんか?」
明理は短い間、震えるほどに強く唇を結びながら立ち尽くしていた。それから短く溜息をつき、ノアの向かい側の席に座る。
「もう認めろよ、お前はオレの嫁になりたいんだよ。気づいてないかも知れないが、既にお前はオレに惚れてんだ」
「ななな、何を言ってるんですか! もう!」
「そこまでムキになって否定しなくても良いだろう、愛い奴め」
それまで死んだ魚のような目をしていた明理だったが、この時の明理の目には光が戻っていた。何より、明理は笑っていた。
その反応を見て、ノアは自分を誇らしく思いながら皿の上の料理を箸でつまむのだった。
◇ ◇ ◇
翌明朝、ノアは閉じた門前に向かって全力疾走をしていた。門の下では新井美佳と深海仁が話し合っていたが、ノアが走ってくるのを見て二人は会話を中断する。
「すみません遅れてしまって!」
「気にするな、遅れたっつってもたかが30秒程度だろ?」
「きっちり数えてる仁も仁だよね」
「うるさい。とにかく面子が揃ったんだからさっさと行くぞ」
「あれ、何か話し合っていたのでは?」
「作戦会議をしていたんだが、丁度脱線し始めた頃だったから気にするな。それよりなんだ、アンタが被ってるそのダサいヘルメットは」
「これは記録用です。明理さんから、任務に同行するならそれを付けて行けと言われまして」
「ヘルメットに付ける意味あるか……?」
「仁、多分これは総隊長からノアさんに向けた警告よ。お前が助けに行けば、即座にこの動画は証拠としての効力を失うっていうね」
「よくぞ見抜いて頂きました」
「あくまでも、助けを呼ぶのは僕達の方じゃなきゃいけないって訳だな」
「くれぐれも無理はなさらないでくださいね。死んでしまってはチャンスも何もないので、死ぬって思ったらすぐに助けを呼んで下さい」
「ピンチになったらな。それじゃノア、案内頼むよ」
ノアは二人の先頭に立って歩き出す。時々振り返って二人との距離を測りながら、二人と歩幅を合わせつつ目的地への移動を続ける。
そうして歩き続けること2時間、三人は目的地である洞窟の前に着いた。
「依頼書に書いてある場所はここですね」
「一寸先は闇をここまで体現した場所があったとはな。どれだけ深いんだこの洞窟」
「カメラのライトを付けます。二人共、ライトが照らす先から目を離さないで下さいね」
ノアはライトを付け、洞窟の中に入っていく。しかし歩き始めてから数十秒で、三人は洞窟の行き止まりに到達してしまう。そして突き当たりの壁には、黒い人型の何かが寄りかかって座って居た。
ライトでその影照らすも、黒さは全く変わらない。その不気味さに、三人は思わず息を飲む。
「こ、コイツが今回の討伐対象か?」
「そうなりますね。依頼書に書いてあった特徴と合致しています」
「ここまで人に近いと、なんかやりにくいわね……」
「覚悟を決めろ、僕達が出世するにはコイツを殺すしかないんだ」
影はゆっくりと立ち上がり、一度強く足踏みをする。すると影を取り巻くモヤが晴れ、その姿がハッキリと見えるようになる。
帽子を目深に被った、コートを羽織る男。全身の服の色は黒で統一されており、洞窟の暗さも相まって視認性は非常に悪かった。
さらに妖怪は赤く錆びたナタを右手に持っており、遂にそれを天高く振りかぶる。
「来ます! 私は離れてますので、頑張って下さい!」
ノアは咄嗟に五歩大きく下がり、カメラのボタンを押す。
「お前は恐らく、既にそのナタで何人か殺したんだろうな。だが同じ手が僕に通用すると思うなよ。なぜなら僕の得物は――来い、『蜻蛉切』!」
仁の目の前に一本の槍が現れ、仁はそれを両手で掴み縦横無尽にグルグル振り回し始める。
(蜻蛉切! 刃先に止まったトンボがひとりでに斬れるレベルの切れ味を持つという槍か。これも恐らく偽者だろうけど、果たして性能は同等か?)
槍を振り回しながら妖怪にじりじりと近づく仁。
「どうだ、手出し出来ないだろう! 一歩でも前に出てみろ、お前の手をそのナタごとスパーンと斬り落してや――あれ?」
仁が言葉を言い切る前に、妖怪は既に姿を消していた。しかし次の瞬間、仁の背後に妖怪は現れる。
「仁、危ない!」
空かさず美佳が妖怪の懐に潜り込み、強烈なアッパーを食らわせる。すると妖怪の全身に緑色の稲妻が走り、両手は焼け焦げて崩れ落ちる。
そのまま妖怪は地面に膝から崩れ落ち、地面に力なく倒れ込んだ。
「や、やったぞ美佳! 後はコイツの首を刎ねてやるだけだ!」
「ちょっと仁! まずは生命線を見るのが先でしょ?」
「ああそうだったな。これ目が疲れるからやりたくないんだが……見えた見えた。それじゃこの生命線を断つように――」
刹那、二人の目の前から妖怪の姿が消える。二人はお互いの背後を確認するも、その姿を見ることは出来なかった。
「となると……そっちだよ、なっ!!」
仁は突然、ノアの顔面向けて槍を投げた。ノアは咄嗟に顔を傾けて避け、槍はそのまま虚空を突き進んで行くと思いきや――
ノアの背後でビタッと止まる。思わずノアが振り返ると、そこには顔面に槍が突き刺さっている妖怪の姿があった。妖怪は再び倒れ、ノアは振り返ってその姿を迅速に画角に捉える。
「棒立ちの、丸腰の人間を狙うのは確かに合理的だな。だがな、その策は僕には効かないのさ」
妖怪は槍を抜こうと柄に手を掛けるが、それを受け仁も槍の柄を掴む。
「立たせねえよ、そのまま逝け。『爆ぜ斬れ! 蜻蛉切!』」
仁が槍を押し込むと、妖怪の体から無数の剣先が飛び出す。妖怪は一回大きく体をビクンと震わせた後、そのまま動かなくなる。
「へん、見たかノア! 僕にかかれば妖怪なんてちょちょいのちょいだ!」
「凄いわね仁! これなら本隊へすぐにでも昇格出来ちゃうわ!」
「だろう? これからの僕の活躍を楽しみにしててくれよ、二人共」
「ええ、そうさせて貰います」
ノアはそう言って微笑む。それからカメラのボタンを押そうとしたその時、ノアは異変に気づく。
(待てよ。確か妖怪は死ぬ間際に炎を発するはずだ。でも、あの妖怪はまだ炎を出していない――まさか!)
はしゃぐ二人の背後に目をやると、そこに確かに横たわっていたはずの妖怪の姿が無くなっていた。
「お二人とも警戒を! まだ討伐は終わってな――」
――遅かった。ノアが瞬きをした次の瞬間には既に、仁は妖怪のナタによって喉を深く切り裂かれていた。
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