小さな反逆者たち

 階段を降りて一階に出ると、ノアはすぐ目の前に虎の間という札が掲げられた部屋を見つける。


(ここが虎の間か。どんな人が居るんだろう、優しい人だといいな)


 ノアは扉を三階ノックし、扉を開けて部屋の中に入る。そこには部屋の中央でノアに背を向けて仁王立ちする一人の男がおり、気配を察した男はくるりと振り返る。


「おう、お前が期待の新人か」


 無精ヒゲを生やした、白シャツに黒ズボンと言った味気ない服装の男。顔は二十代後半だが、白髪の割合が多い事からそれ以上の年の要にも思える風貌をしていた。


「ノア・レインです。卒業までの間、よろしくお願いします!」

「ふん、卒業なんぞ簡単にできると思うなよ? それともう一つ、授業を始める前に貴様に言っておくことがある」

「……はい?」


 ノアは『貴様』と言われたことに酷く困惑すると共に、酷く見下されたような惨めな気持ちになり少しムッとする。


「貴様が妖怪を倒せたのはまぐれだ! 二度も続くと思うなよ!」

「な、何を言ってるんですか! アレを倒したのは、確かに私の実力で――」

「大体、鍛錬も無しに妖怪が倒せるわけが無いだろう。きっと既に弱っていて、貴様はトドメを刺したに過ぎないのだ」

「勝手に決めつけて……それと、貴様って言わないでください。私にはちゃんとノアという名前が――」

「口答えするなルーキー。ここでは俺がルールだ、従わないのなら卒業は遠のくぞ」

「……ああ、もう!!」


 ノアは口を閉じ、静かに男を睨み付ける。


「俺は榊宗玄、この白虎隊の教官をしている。特訓に入る前に、まずは妖怪についての基礎知識を一つ身につけて貰う」

(もう教えて貰えるのか。いけ好かない教官だけど、せめてこの話だけはしっかり聞こう)

「妖怪には階位という物がある。弱い方から順に黒・白・黄・赤・青・紫と言う風に色が変化し、これは妖怪が死ぬときに出す炎の色で確認出来る」

「そういえば、あの妖怪は死ぬときに白い炎を出してましたね」

「だとしたらなおさらまぐれだな。白虎隊で厳しい鍛錬を乗り越えた隊士が、三人がかりでようやく倒せる妖怪の階位が白だ。未鍛錬の貴様が一人で倒せて良い相手じゃない」

(口を開けばそうやって私を否定して……あの男は私をどうしたいんだ)

「さて、教育は以上だ。次は鍛錬だ、表に出ろ」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 ノアは思わずバッと立ち上がる。


「これで終わりなんですか!? 妖怪を倒すための戦術や、この体が持つ力を100パーセント引き出すコツとか、そういうのは教えてくれないんですか!?」

「そんな物、白虎隊を卒業してから本隊で学べ。兎にも角にも鍛錬だ。まずはランニング10キロ、プランク10分、スクワット2000回やれ」


 この言葉を聞いたノアは、顔を真っ赤にして教官の胸ぐらにつかみかかる。


「いい加減にしてください! 我々転生者の体は、既に使徒によって身体能力が最適化されてます! 下手に筋肉を付けたら、せっかくのチューニングが無意味になるかも知れ――」


 教官は無言でノアの喉をつかみ、強く地面に押し倒す。


「素人が、俺に、口答えするなと、何度言わせる」

「っ……」

「ああそうか、わかったぞ。色々と必死にそれっぽい理論をまくし立てているが、要は修行をするのが嫌なだけなのだろう?」

「……なんだって?」

「別に構わんさ、俺は修行を強いる気はさらさら無いからな。現に、四十年弱もの間修行を拒否して寮に引き籠もっている奴もいる。奴のように生きたまま腐りたいのなら、是非そうしてくれたまえよ」


 不敵な笑みを浮かべる教官。そのまま教官は部屋を出てしまい、二度と戻ってくることは無かった。


(……悔しい。全く話を聞いて貰えずに、頭ごなしに否定された。私は正しいことを言ってるはずなのに、なんだか私が間違ってるような気分になる……)


 膝を抱え、顔を伏せるノア。ノアの心中は、やりきれない思いで一杯だった。


 そんなノアの背後――壁を隔てた先にある廊下で、少年と少女がしゃがんで密かに話をしていた。


(どうする!? 多分アイツは強くて、でも教官のやり方に不満を持ってるんだよな! 僕らと状況が全く同じじゃないか!)

(そうだけど、説得できるって確証は? もう彼女の心は折れてるかも知れない、引き留めたら余計に苦しませるだけだよ!?)

(だが話してみないよりかはマシだろう! よし、321で飛び込むぞ)

(待ってよ、まだ心の準備が――)


 そのやり取りを聞いたノアは、自分から迎えに行ってやろうと思い立ち上がる。そしてドアを開け、身を震わせて驚く二人の子供に対ししゃがんで目線を合わせる。


 二人とも袴を着ており、黒髪碧眼の少年は青い上着を、茶髪に茶色い瞳をした少女は桃色の上着を着ていた。


「あなた方も、あの男に不満が?」

「そ、そうなんだよ! 僕もアンタと同じ意見でさ、これ以上鍛える必要なんか無いだろって思って今日までボイコットしてたんだ」

「そちらのお方も同じで?」

「そうだ。コイツは新井美佳、教官が話してた『四十年間寮に引き籠もってる奴』ってのは美佳の事だ」


 美佳は小さくお辞儀をする。


「そして僕は深海仁。アンタと教官のやり取りは偶然、美佳をトイレに連れて行く途中で聞いたんだ。美佳、話は僕が付けておくから先にトイレ行ってこい」

「ひ、一人で行かなきゃダメ?」

「介助を初めてもう十年経つ、そろそろ一人でトイレ行く練習もしなきゃだろ」

「うぅ……わかったよ」


 美佳は股間を押さえながら、私の隣を通り抜ける。それから仁は立ち上がり、ノアもそれを受け中腰に姿勢を変える。


「白虎隊卒業の為には何が必要か……ノア、アンタ知ってるか?」

「階位白の妖怪を複数人で倒す事、でしたっけ」

「その通りだ。週に一回、教官が認めた隊員が集められて任務に出発する。そこで妖怪を倒せれば卒業、失敗すれば鍛錬をやり直すんだ」

「……つまり、彼に従わなければ卒業が遠のくという情報は本当なのですね」

「ああ。だが僕には、わざわざ奴に媚びなくても本入隊を狙える秘策があるんだよ」

「ほう、その心は?」

「総隊長に直談判するんだよ! 僕達はもう本入隊するのに十分な実力を持っているって、証拠と共に訴えるんだ」

「ああ、その手がありましたか」

「良い方法だろう? まさに今日、その直談判を行う予定だったんだ。どうだ、アンタも一緒に来ないか?」


 ノアは少し考える。一緒に行くべきか、それとも一人で行くべきか。そうしてノアが出した結論は――


「いえ、交渉なら私一人で十分です。ここだけの話、私は彼女に気に入られています。なので、私一人の方がむしろ良いでしょう」

「いいのか? なら僕達が出すつもりだった証拠を持って行ってくれ」


 仁はノアに二枚の写真を渡す。写真にはそれぞれ炎を放ち死にゆく妖怪の姿が捉えられており、それぞれ『2011年10月11日』、『1986年2月8日』という日付も共に記載されていた。


「美佳も僕も、考える事は同じだった。いつか自分の力が必要になった時に備えて、教官に煽られたその日に妖怪をぶちのめして写真に収めたのさ」

「こういう証拠があるなら、撮ったその日に出せば良くありません?」

「そうも行かない事情があったのさ。なにせ総隊長という立場が出来たのは、芦屋明理が現れた三年前の出来事だからな」

「そ、それまで総隊長制度自体が存在しなかったのですか!?」

「ああ。だからずっと、この作戦は使えなかった。しかし明理総隊長が次々に鵺の悪習を変えていくのを見て、僕達もその波に乗ってここをでられるかも知れないって思ったんだ。だから今日、行こうと思えた」

「……なるほど。そういうことなら、なんとしても彼女の補償を得て来ないとですね。では行ってきます。ここで待てとは言いませんので、どこか別の場所で、任務に行く準備を進めていてください」

「!! ありがとう、ノア! この恩は忘れない!」


 深く頭を下げる仁の頭を一回撫で、ノアは再び階段を上るのだった。

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