異世界武士道は妖怪退治と共に ~転生したアメリカ人少女は妖怪退治で真のサムライを目指す~
熟々蒼依
第一部:鵺・白虎隊編
サムライ(志望)転生
ノア・レインは、いつかサムライになりたかった。
幼少期からずっと、私は日本産の映像作品が好きだった。ドラマ、アニメ、映画……ジャンル問わずいろんな物を見てきたノアだったが、中でも一番好きだったのは時代劇だった。
特にノアは、権力や圧倒的な強者に怖じ気づく事無く立ち向かうサムライの姿を見るのが好きだった。ノアは自分が人生の苦境に立ったとき、そんなサムライの姿を見ることで勇気を貰っていたのだ。
それを繰り返す内にいつからか、ノアはこう思うようになり始める。
(私もこの人達みたいに、誰からも頼られて誰よりも強いサムライになりたい! 日本に行ったら、私もサムライになれるかな?)
そう思ってからは早かった。ノアは日本に行くために「あと6年で大学卒業したら日本旅行の資金を出してもらう」と約束を両親交わし、16歳の頃に見事それを実行して見せた。
そしてノアは今、自分の夢を叶えて日本にいる。映像作品を通して日本語の読みと会話が出来るようになっていた為、空港から渋谷駅に行くまで困ることは無かった。
しかし、駅を出てスクランブル交差点に出たノアを無数の目線が襲う。そのあまりの数に、ノアは思わず縮こまってしまう。
(めっちゃ見られる!! 金髪碧眼は日本だとかなり目立つと聞いてはいたけど、まさか行く先々でここまで視線を集めるとは!)
自身の容姿が良いことはを知っていたノアだったが、まさかここまで注目されるとは思わず、ポニーテールを揺らしながら収まらない顔の火照りに苦しんでいる。
ノアは黒染めとカラコン装着を怠った自分を呪いながら、信号が青に変わるのを待っていた。
やがて信号が青になると、周りに居た人々が一斉に動き出す。それに従ってノアもキャリーケースを引っ張って歩き出すが、ふとノアの視界はぼやけ始める。
(あれ、疲れてるのかな……フライトの疲れは、ホテルで癒やしてきたはずなのに)
目を擦っても擦ってもそのぼやけは永遠に消えない。やがて足に力が入らなくなったノアは、その場に力なく倒れてしまう。
瞬く間にノアの周囲を人が囲い、ノアの肩を揺する人、誰かに電話する人、などなど三者三様の反応を見せる。
ノアの意識は徐々に遠くなり、心臓の鼓動が少なくなっていく。困惑と悲哀で、ノアの心はぐちゃぐちゃだった。
(なんで、なんでよ……やっとここまで来れたのに、こんな意味分からない死に方をするなんて! やっぱり神様、信じておくべきだったかも……)
間もなくノアの意識は、涙が頬を伝う感覚がしたのを最後に完全に途絶えてしまう。
――なんて酷い人生だと、そう悪態をつく暇も無く。
◇ ◇ ◇
次にノアが目を覚ますと、そこには無数の梁が張り巡らされた天井があった。
ノアの目の前に広がる屋根裏の光景、それは彼女が時代劇で幾度となく見た物だった。古びた木製の梁、そしてそれらが複雑に絡み合う異様な光景。
(……涙が出るほど芸術的だ)
上半身を起こしたノアの目には、さらに衝撃的な光景が広がる。なんと、自分は30畳はあろう巨大な座敷の真ん中で寝ていたのだ。
辺り一面に敷かれた畳から匂ってくるい草の香りは、ノアの心を幸せで満たした。
(現代の日本の景色を少ししか見られなかったのは残念だけど、結果的に自分が見たい景色をいくらでも見られるであろう環境に来られたのは幸運だな)
「お気に召した様で何よりです」
「うわあ!?」
背後から聞こえた声に、ノアは思わずひっくり返ってしまう。姿勢を立て直して振り返ると、そこには着物を着た桃髪の女性が立っていた。
「え、すっごく可愛い! インスタグラムとかやってません? ああ、そういえば日本はLINEが一番普及してるんでしたっけ――」
女性は大きめの咳払いをし、ノアの目をジッと見る。
「初めまして、ノア・レインさん。身共は『使徒』と申します。今回、貴女の転生を担当させて頂きました」
「転生……って事はここは――」
「はい、貴女方にとってここは異世界と言うことになりますね」
「マジですか!? これが巷で噂の異世界転生……でも、あれ?」
ノアがふすまを開けて外の景色を見ると、そこにはドラマや映画で何度も見た日本の田舎の景色が広がっていた。
「異世界にしては、やけに和風すぎるような」
「この周囲が特別なだけです。貴女、こういうのが好きなのでしょう?」
「なるほど……ところで私、転生したんですよね? 転生って、赤ちゃんから人生をやり直す事ではないのですか?」
「この世界では生前の姿からやり直して貰う事となっています。というより、貴女はそれを望んでないでしょう?」
「私の頭の中を見たんですか!?」
「すみません、快適な転生を行うために必要でしたので。それとついでにもう1つ謝罪を。現世で貴女が死んだのは、紛れもなく身共政府高官のせいなのです」
「……なんですって?」
ノアは思わず立ち上がり、その少し後にノアを見下ろしていた使徒の肩を両手で掴む。
「真っ当な反応ですね。夢だった日本観光の最中に、貴女は突然死亡してしまった。その原因は、儀式の対象になった事により『その場で死ぬ』という運命を織り込まれてしまった事です」
「そんな、あんまりです」
「儀式の対象は日本にいる若者の中でランダムに選ばれるので、こればっかりは運命を恨むしかないですね」
「条件緩すぎませんか? 私アメリカ人ですよ?」
「正直言って、若ければ誰でもいいので。それと、そうしてこの世界に来た人間には我々から補償を行っています。それが、『各々が持つ願いを一つ叶える』という物です」
その言葉を聞いた瞬間、ノアの心臓が強く跳ねる。ノアの願い、それはすなわち――
「『サムライになりたい』とのことでしたので、願いを叶えました。そしてサムライには名刀が付きもの。なので――」
使徒が畳を人差し指で二回叩くと、そこに二本の刀が現れる。
「特別な改造を施した刀を二本用意しました。手前の刀は『無銘金重』、その奥にある少し長い刀は『武蔵了戒』という銘を付けております」
「両方とも宮本武蔵の愛刀じゃないですか! こんな物がどうしてここに!?」
「いえ、本物じゃありません。日本には刀に銘を付ける文化があると聞いていますので、どうせなら最強のサムライが持つ刀のそれを借りようと思ってそう付けました」
「そんな安易に付けて良い名ではないと思うのですが……」
「貴女にはそれを使ってやって頂きたい仕事があるのです。その仕事は、必ずや貴女を理想のサムライに昇華させてくれることでしょう」
「であれば嬉しい限りです。それで、私は何を斬れば良いのでしょうか。なるべくその仕事が人斬りでないと嬉しいです」
「ご安心を、人斬りではありません。貴女に斬って欲しいのは――人を食う妖怪です」
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