人の優しさに付け込む奴ほど、ろくな人がいない点について。



「そうですねえ……」


 考えるようにして呟くと、ソルフィナが私を見た。


「私が皆さんに、月灯花を見せる手伝いをすることは可能ですが……」


 具体的な考えがまだ浮かばない。月灯花とは月明かりが惜しみなく降り注ぐような、標高の高いところに咲いていると聞く。


 その辺の地面においそれと咲いているようなものではない。ソルフィナは以前、ルスエルに持って行ったと言ってたがそれも頂き物だろう。


 月灯花は根を抜かれてしまうと、その輝きは十数分しか持たないと言われている。


 それを踏まえた上で、返事をするとソルフィナは想像以上の明るい声を上げた。


「本当にっ?」

「え? あ……はい。むしろ、それをお願いするために、私を呼んだのではないですか?」


 首を傾げると、ソルフィナは少し目を泳がせたあと「まあ、そうだけど」と唇を尖らせた。


 全く素直じゃない。


「わかりましたよ。であれば任せてください。どうにかして皆さんに月灯花をお見せできるようにしますから」



 ――と。言ったものの、正直本番までかなり忙しくて、なかなか月灯花について考える暇などなかった。


 その上、祭り当日の天候は荒れるかも知れないと知らせが入って、皆が浮かない顔をしていた。


「天気悪いなあ……」

「ルーナさん! すみません、こちらの鉄材もまとめて運べますか?」

「あ、はい」


 空から視線を外しながら、ライリーの元へ向かう。


 そして手を翳しながら大きな鉄材を浮かし、そのまま指示された場所まで持って行けば、「かれこれ一週間ほどお手伝いしてもらっていますが……」とライリーが目を見張っていた。


「ルーナさんの底知れない魔力量には驚かされます。どの魔法師もかなり魔力、体力共に削られてバテているのに……無理をしていませんか?」

「それを言うなら、ライリー様もです。あまり寝ていないと聞きましたけど、大丈夫ですか?」

「僕は大丈夫です。慣れていますから……」


 あはは、と笑うライリーの目の下には隈がある。可哀想に。


 魔塔に理不尽な労働を強いられているせいで、多忙が当たり前になっても気になりもしないだなんて……。


「労働法があれば、この職場は一発アウトですよ」

「ろ、うど……?」

「いいですか、ライリー様。無理は禁物です。何事も身体が資本なんですから! 今後、定時帰宅は絶対です。そして、それが守られない場合は、みんなでボイコットしてやればいいのです!」


 ええ! と力強く頷く私に、ライリーは困惑しつつも「よ、よくわかりませんが……」と続けた。


「ルーナさんが僕の身を案じているというのはわかりました」

「わかったなら早く休んでください。あとは私がやっておきますから! 残りの鉄材を運んで、点検したら終わりですよね?」

「あ、えと……それはそうですが……」


「それなら尚更です、早くご帰宅ください」と帰るように促せば、ライリーは申し訳ない顔をしつつ「ありがとうございます、ルーナさん」と少し安心したように笑った。


「では、お言葉に甘えて今日はこの辺で上がらせていただきます。ルーナさんも早めに帰ってくださいね」

「はーい。ではライリー様、お疲れ様でした~」

「はい、お疲れ様です」


 ライリーが去る姿を見送った後、「さて」と鉄材を見下ろした。


 そして、手のひらをそれに翳した瞬間、イメージしていたよりも高く鉄材が浮いてしまう。


 ……やっぱり。


 鉄材を下ろして、自分の手のひらを見る。


 魔力の質が変わった気がする。


 なんだろう、この違和感は。


 何かが混じり合ったような。別の誰かの気配を感じるような。


 とにかく扱いづらい。


「……」


 ひとまず考えるのはやめるか。


 妙に嫌な予感がするけれど、気づかなかったふりをしたい。


 こんなものは、魔力にバフがかかったと思えばいいだけのはな……。


 し、と思いながら再び魔法を使用したら鉄材が思ったよりもぐんっと高く上がってしまい、私はげんなりとした顔でそれを見上げた。


「……どうしよ」


 もし、心当たりがあるなら――。


『そなたの膨大な魔力と引き換えに、命を助けてやろう』


 あの時しかないだろう。


 黒龍め、私の魔力に何したんだ……?


『この契約、忘れるなよ』


 正直、何もいいことはなさそうだから、忘れてしまいたいけど


 いちいち意味深が過ぎるんだよなぁ……。


 はあ、と溜息を吐いた瞬間、またも鉄材が思った以上に浮いてしまって、「ああ、もう!」ともどかしさで頭を掻いた。




 ――そして、多忙を極めた一週間が終わり、ついに本番二日前。


「そっちから幕を張ってください! 今夜は雨風が強いみたいなので杭を打ちます!」


 魔法で幕の端を引っ張りながら、地面に見えない杭を打つ。


 ああ、今日は確実に残業だ。これだから突発的なイベントは嫌なんだ。^


 嵐のような天候から白女神の像を魔法師数人で保護をする。


 宿敵となりかねない女神の像を守る悪役わたし……この素敵な慈善活動に免じて、運命を塗り替えてはくれないものだろうか。


「ルーナさん! すみません! 結局、あなたに頼りっきりになってしまって……!」

「あ、ライリー様」


 振り返ると、フードが取れかけて眼鏡にたくさんの雨粒をつけたライリーがいた。


 視界が悪そうなので撥水魔法で、眼鏡のレンズからすいっと水滴を拭い取ると、ライリーは目をぱちくりとさせながら、「わあ……」と続けた。


「ルーナさんって詠唱もなしに繊細な魔法を使用しますよね。それもさらっと」

「えっ、そうですか? 詠唱ならたまにしてますけど……」


 本当に、極々たまにだけど……。


「魔力量もそうですが、そういった魔法の才能はやはり遺伝なのでしょうか? ルーナさんって、ご両親も魔法師だったんですか?」

「えっ? ああ……そうですね……」


 ルーナの両親か。うーん……考えたこともなかったけど、確かにそもそもの実力を考えると、それなりに魔法の長けた血筋なのかもしれない。


 まあ、奴隷商人に売られていた時点で、ろくな家柄じゃなさそうだけど……。


「大したことありませんでしたよ。私は……まあ、ただの突然変異みたいなものです」

「ええっ! まさか、ただの突然変異でルーナさんのような優秀な魔法師が現れるなんて、そんなことは間違ってもあり得な……」

「ライリー様、こちらにいたんですか! 探しましたよ!」


 ライリーの言葉が遮られる。髭の生えた貴族らしい恰好をした男がこちらに向かって駆け寄ってきた。


 ガタイの良さを見るに、王室騎士団にでも所属していそうな感じだ。どこの誰だっけ。


 じっと見ていると男は私のことを一瞥した後、そっけなく目を逸らした。……感じが悪いな。


「ダエルさん、どうされたんですか?」

「すみません、魔法師をすぐに集められますか? 今、パレス河川が氾濫しかけていて……住宅地への浸水が懸念されているんです。魔法で今から堤防を強化することはできませんかね?」

「えっ、今からですか!? 今年は月星祭りのような行事があるからと、堤防の整備や強化はすでにされたと聞いていますが……」

「おっしゃる通り、工事は確かに進められていましたが月星祭りの影響もあり、早めに仕上げることになったのです。それに他国からも多くの来賓も招くこともあって、各所人員不足で……。そのため、粗の目立つ仕上がりとなってしまい……」

「そんな……」

「ですから、浸水被害を出さないためにも、魔法師たちに協力いただけませんかね?」


 ライリーは困った顔をした。それもそうだ。


 現在、祭りの準備でただでさえ皆が忙しなく働いている。その上、魔法師は数がいない。


 事前連絡もなしに予定外の水害に対応できる魔法師を用意しろ、だなんて、不躾にも程がある。大体、そういった整備については王室側で何とかすべきだろう。


「魔塔の皆さんも、今回の月星祭りは総力を上げて手伝ってくださるんですよね? なら、お願いできませんか、ライリー様」


 それに隣にいる〝私を無視して〟優しいライリーだけに頼みに来るのも、いけ好かない。


 私が爵位を持たない魔法師だから? それなのに、殿下たちの教育係を申し出た身の程知らずだから?


 そんなこと、どうだっていいけど。見え透いていて鼻につく。


「なるほどぉ、河川が氾濫ですか。それは大変だ……」


 横から口を挟むと、男は怪訝そうな顔をして私を見た。


「早く対策を練らないと、月星祭りは中止になってしまうかもしれませんね。まあ、私のような外野の魔法師的には、別に中止でも構わないなって思っているのですが」


 構わないどころか、結構本気で中止にしたいところだ。


「なっ、なんだと?」

「だって、魔法師だって人間ですよ? そもそも人員不足で寝る間もなく働いているのに、そちらの不手際でいきなり駆り出されなきゃいけないだなんて……」


 眼鏡の奥からにっこりと微笑む。


「割に合わないと思いませんか?」


 すると男はこめかみをぴくりと動かして、ライリーに向かって声を張り上げた。


「ら、ライリー様! 魔塔の教育は一体どうなっているのですか!? このような小娘が大事な行事の中心にいるなど……っ」

「あら、魔塔批判ですか? それって、もしかして、私をこの場に任命した魔塔主様も批判されてます?」


 無邪気に首を傾げると、男はぐっと唇を噛み締め私を睨みつけた。雨が私のフードを濡らしていく。


「それを言うなら、行事を批判したお前が国を批判しているだろう!」

「ああ、言葉足らずで申し訳ありません。私たち魔法師がそのしわ寄せに付き合う理由がよくわからなかったもので」


「余計なことを言ってしまいましたね」と続けると、男は「貴様……」と唸るように続けた。


「王室騎士団であるこのわたしを愚弄するとは……!」

「愚弄などしておりません。気に障ったなら謝ります。ただ……」


 一歩踏み出すと、ライリーが焦ったように小声で「る、ルーナさんっ」と呼びかけてきた。


 あまり揉めたくはないのだろう。わからないでもないが、馬鹿にされっぱなしでは腹が立つではないか。


 私ならまだしも、ライリーのような真面目で優しい人間が押しに負けて利用されてしまうことがあろうものなら、黙っているわけにはいかない。




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どうせ殺される悪女なので、一〇〇年ほど眠るつもりが『無理矢理』起こされて主人公たちに一生付きまとわれている件。 あしなが @AshinagaAo

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