私を嫌いな男が気難しいサイコパスに成長していた件につきまして。
◇
あれから、暫し時間が経った後のこと。
「舐めてた……遠心魔法…………」
私は、ルスエルにかけられた遠心魔法に苦戦していた。
これまで、遠心魔法をかけることはあっても、かけられることは初めてだったから、ここまで身体が重くなるなんて思いもしなかった。
そういえば私って……魔法を使うことばかりに注視していたせいで、魔法を受ける側の特訓って全くしてなかったんだよな……。
私より強い魔法師なんていないし、どうせやらなくたっていいでしょって高を括って自分が憎い……。原作のルーナは、きっとしていたんだろう。
でも、受ける側って痛いし辛いし痺れるし、何一つ良いことがないんだもん……。
それでもしておくべきだった。大後悔だ。
ううっ……と、壁に手をついて、足を動かすと、嫌でも服の裾から見える、足首についた青銀の枷。
城にいる使用人は誰一人として、私のことを助けることはしないし、なんなら声すらかけてこない。
十一年ぶりに封印から目覚めんだから、少しくらい丁寧に扱ってくれたっていいじゃないのよ。だって私って、傍から見たら世界を滅ぼすかもしれない黒龍を封印した魔法師なんだからさ……。
本来は英雄として扱われてもいいくらいなのに、部屋で隔離されてること自体が……。
「おかしくない?」
「何が?」
「いや、私って結構すごいことしたはずなのに、どうして自由を縛られて隔離されて……」
るんだろうと思って、と横を向けば、「それはさぁ」と彼は間延びして答えた。
「あんたがちっとも大人しくしてないからじゃない?」
ぎくりと全身が強張った。
この世の全てに祝福されているような金色が、視界の端に入り込む。
「そ、ソルフィナ……様?」
「ああ、やっと気づいた?」
壁に寄り掛かっていた私の隣。
こちらの顔を覗き込みながら、そのアメジストのような紫色の瞳をゆるりと細める。
「どうも、ウニ先生」
上澄みを掬ったような柔い口調で、彼は微笑みながら告げる。
幼い頃の面影をもっとも感じないその男は、私よりも頭二個分も身長が高いみたいだった。幼少期は一番生意気だったというのに、まさかこんなきらきら皇子に成長するとは思わなかった。さすがメインヒーローの一人。
じっと見ていると、「なに」と彼は首をかしげた。
「まさか見惚れてる? 俺が先生好みの育ってて」
「ううん。全くそうじゃないんですけど……」
即答すると、ソルフィナの笑みが少し強張った気もする。
「見慣れないというか……」
と、そこまで答えて、はっとする。
「それよりも、こんなところで何をしているんですか。ソルフィナ様」
「それはこっちの台詞だよ。こんなところで息切れして何してるの?」
「息切れっていうか……」
身体が死ぬほど重くて、一歩を踏み出すのもやっとというだけで……。
「まさかとは思うけど、ウニ先生、逃げようとしてる?」
ぎくっ。
「どうせまだ俺たちを子供だと思って、姿をくらますなんてチョロいと思ってるんでしょ」
ぎくぎくっ。
「あはは、舐められたもんだな」
軽く笑うソルフィナの声が、ほんのり低くなった。
「本当、魔法師としてどんだけ優秀だったかは知らないけど」
強引に顎を掴まれて、上を向かされる。
雑な仕草のわりに、上品に笑みを浮かべたソルフィナと目が合う。
「つくづく間抜けだよね、先生って」
アメジストのような瞳が、赤にも青にも光ったような気がした。
「どういう気分? 自分が教えた魔法で、自由が奪われていく感覚って」
昔からソルフィナは意地の悪い子供だったけど、大人になっても相変わらずだ。
私のことが好きじゃないのか、それとも人の不幸が好きなのか。
ソルフィナは、あの三人の中でも格別難しいひとだったように思う。
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