第14話 闇の住人 2
……なんだ?
ユーティアは体だけでなく、ジッと視線も固定している。
視線の先は教会横の奥まった空間。
丸太が積み上げられ、その前には
どうやら薪割り場のようだ。
ユーティアはそこにスタスタと歩いていくと、薪割り用の斧を手に取る。
女性でも扱える程度に小型だが、切れ味はよさそうだ。
《そうそう、ゴブリンは群れるうえに狡猾で神出鬼没。だからこういう小回りの利く武器のほうがいいらしいぜ……って、お前……まさか……》
ユーティアは斧を手にしたまま今度は厨房へ入ると、引き出しを開けて調理用具を漁りだす。
《オイ! まさかとは思うが、先走ったことを考えちゃいないだろうな?》
「ごめんなさいリュウ君。でもローザは私の親友なんです。このままじっとなんてしていられませんよ!」
ユーティアは底の浅い円形状の鉄鍋を取り出すと、左手で構える。
まるで盾としての性能を吟味するかのように。
薪割り斧と鉄鍋。
まさかまさか、こんなショッボイ装備でゴブリンに立ち向かおうってわけじゃないだろうな!?
《ふ・ざ・け・る・な! 冗談じゃ済まされない話だ! 無謀すぎる!》
「無謀なのはわかってます! でも無理を承知でお願いします! 私にローザを助けに行かせてください!」
《いーやダメだね! 却下! 断固拒否!!》
そもそも無理を承知しているなら、無理なものは無理なのだからお願いしないでほしい。
「お願いです! リュウ君には……というか私には危険が及ばないようにしますから、少しの間だけ我慢してください!」
それだけ言うと、ユーティアは脱兎の如く教会の正門から飛び出した。
《オイふざけるなよ! 俺が何のためにお前とコンタクトを取ったと思っているんだ? 俺の身の安全を確保するためだ! お前が俺に危険を及ぼすような行為をしないように念押しするためだ! だというのにお前は早々と死地に飛び込もうとしている。とても容認できない!》
俺は走り続けるユーティアにクドクドと説教する。
「そ、それは……リュウ君の言い分ももっともです。でもローザにもしもの事があったら、私はきっと今の私ではいられなくなってしまいます。それに私だって、何も正面からゴブリンと戦うつもりなんてありませんよ。ただローザが逃げる隙を作ることはできるかもしれません。だから今回だけ見逃してくださいっ!」
隙を作るだって?
子供相手に互角の戦闘能力のコイツが、ゴブリン相手にどう立ち回るというのか。
相手が一匹ならいざ知らず、レイラによると複数匹に襲われたとのこと。
どう考えたって自殺行為だ。
しかし今はとても俺の忠告を受け入れそうにない。
こういうタイプは普段は気弱なくせに、いざとなったら頑固だよなぁ。
今回は俺も知恵を貸して、早急にこの事態を解決する方が話が早いだろうか?
《しかし……どこに連れていかれたかなんてわからないだろう? 探し回るだけで日が暮れるだろうよ》
「それに……関しては、実は見当がついています、ハァ……」
いきなり全力ダッシュしたせいで、早くも息切れしたユーティアは立ち止まる。
そしてスッと斧を前方へと向けた。
その先には川が流れている。
幅が20メートル程の、透明で澄んだ水がゆったりと流れている何の変哲もない川だ。
「この川の上流に、通称悪魔の森と呼ばれる森があります。先ほど子供達が言っていた悪魔の森とはそこのことなんです。昔から立ち入った人が帰ってこなかったりと不可解な事が続いたため、悪魔が棲んでるだなんて言われて恐れられている場所なんですが……」
ユーティアはまるで恐怖におののくように唇を噛む。
「数年前に隣国と揉め事が起こった時があって、その際にあの森の中に砦が作られたんです。でも夜な夜な兵士が次々と行方不明になってしまい、すぐに放棄されました。それからしばらくして、周辺で田畑が荒らされたり家畜が失踪したりといったことが稀に起こるようになったんです。砦を作って悪魔を怒らせたからだなんて言う人もいますが、院長は魔物の仕業だろうと言っていました。元々森に少数居た魔物が、砦を巣にして増えてるんじゃないかと。今回ローザがさらわれた場所もその近くとレイラさんが言っていました。とするとその砦がやっぱり疑わしいです」
ふ~む、それは確かに怪しい。
しかしこの国の軍も大概に御粗末だな。
国を守るための砦が魔物の棲み処になったんじゃ本末転倒ではないか。
再びユーティアは走り出した。
川沿いに上流へと向かって進んでいく。
周囲にはやはり点々としか建造物は見受けられず、行けども行けども田舎である。
こんな場所じゃ自警団を招集するだけでも夕方までかかりそうだ。
それで夜に行くのは危ないからって感じで、明日の朝から捜索開始となるのが関の山か。
なるほど、それだと間に合わないというユーティアの懸念もわからなくはない。
急いだほうがよさそうだ。
……しかし、なんだ?
先程から心の奥底で、歯車が噛み合っていないかのような
違和感……そうボタンを掛け違っているかのような違和感。
だが……わからない。
その違和感の根源が、正体が掴めない。
そんな危疑に苛まれつつある俺をよそに、ユーティアは上流へと歩度を速めていった。
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