第13話 闇の住人 1



 魔法を解除してから体感で約五分後

 俺は再び感覚同調魔法を発動させる。

 場所は変わらず教会脇のテラス。


《もう終わったんだな?》

「はいおかげさまで、ありがとうございました。やっぱりリュウ君は他人を思いやれる良い子ですねっ!」

 気分が晴れた様子のユーティア。


 本当はちょっとぐらい見たっていいだろうという内なる欲求との格闘があったことは、この際伏せておいたほうがよさそうだ。


「おや、ユーティアかい?」

 教会の入り口から、かなり高齢のシスターが出てきて声をかけてきた。


「あっ、院長! お疲れ様です!」

 ユーティアはピシリと背筋を伸ばすと、上体を90度傾け挨拶する。


「また子供達の遊び相手かい? 熱心なことだねぇ」

 院長と呼ばれたシスターは、テーブル上に置かれたユーティアの仮装道具を横目に見ながらクックッと喉を鳴らす。


「いえっ、好きでしていることですので」

 ユーティアは照れたように頬を掻く。

 

 こいつが院長か。

 高齢というよりは、老齢というべき年齢。

 白髪交じりの長髪に年輪のように刻まれた顔のシワ。

 痩せ細った体におぼつかない足取り。

 しかしそんな老体とは対照的に、その徳の高そうな顔つきと衰えを感じさせない瞳の輝きが強い生命力を発している。


《こいつはあれだ、映画とかで出てくる悟りを開いた仙人的な強キャラだな。死者を生き返らせたりといった凄い魔法を使いそうだ》

「院長の魔法の腕は確かですが、さすがにそれは無理ですよ。亡くなった方を生き返らせるだなんて、エクシードですら可能かどうか……」

 ユーティアの口から出た意味不明の単語。

 なんだって? セクシー?


「んん? 何か言ったかい?」

 院長が声を潜めて俺と話していたユーティアの顔を、不思議そうに覗き込んでくる。


「いえ院長! すぐに昼食を温め直しますので……」

 ユーティアはパタパタと手を振って誤魔化す。


「いいよ自分でするから。たまには厨房に立たないと耄碌もうろくしちまいそうだしねぇ。それにローザとレイラもそろそろ帰ってくる頃だろう。一緒に食べるとしようかねぇ」

 院長はまたもやクックッと喉を鳴らしながら別棟へと向かっていく。


「たっ大変です! 院長!!」

 突然背後からの悲鳴じみた声。

 ユーティアと院長は、ほぼ同時に声の方へと振り返る。


 声の主は教会入り口の門柱にしがみつくように立っていた。

 シスターアマンダと同じタイプの修道服を纏ったそのシスターは、ゼーゼーと息を切らせながら必死の形相で何かを訴えるように口をパクつかせている。

 しかし声を出すには至らず、ついには力尽きるように地面に崩れ落ちた。


「レイラさん! どうしたんですか!?」

 甲高い声を張り上げユーティアはその女性へと駆け寄る。

 レイラ――買い出しに行っていたはずのシスターの名前だ。


「レイラ、一体何があったんだい! ローザはどうした?」

 院長はユーティアと共にレイラの上半身を抱きかかえる。


「い……院長……」

 余程の全速力で走ってきたのだろうか?

 息も絶え絶えで憔悴しきった表情のレイラは、ようやく絞り出すように声を発する。

「き……帰路の途中でゴブリンに襲われて……ローザがさらわれました!」

「な、なんだってローザが!?」


 え? ゴブリン? 今ゴブリンって言った?

 ゲームとかで出てくるあのゴブリン?

 どういうわけかこの世界には、俺の前世でおなじみの魔物が生息しているらしい。


「ど、どうしましょう院長!」

「落ち着くんだユーティア。私達だけじゃ手に負えない。アマンダと一緒に村の自警団に声をかけてくるから、お前はレイラを見ていておくれ」


 院長はすぐにシスターアマンダを呼びに行くと、二人で教会から出て行った。

 レイラも次第に落ち着きを取り戻し、今は子供達が面倒を見ている。


 一方で落ち着きの無いのがユーティアだ。

 居ても立っても居られないとばかりに、先程から意味も無く教会の周りを歩き回っている。


《この辺りは安全なんじゃなかったのか?》

「本来はそうなんですが、最近は事情が変わってきていたというか……ゴブリンらしき魔物の目撃例が数件挙がっていまして、少しばかり危険度が増していたんです」

 ユーティアは焦りを隠す余裕も無くそう明かす。

 どうやらこの世界でもゴブリンはそこそこ危険な魔物扱いされているようだ。


《冒険者はどうした? こういう時のための冒険者だろ? 速やかにゴブリン討伐に行ってもらったらどうだ?》

「この小さい村には冒険者ギルドが無いんです。冒険者を必要とするような事案も少ないので常駐もしていません。院長達が運よく流れの冒険者と出会えたなら依頼できるでしょうが、あまり期待はできないです」

《なら自警団に任せるしかないな。お前がジタバタしても仕方のない話だ》


 もっともこんな田舎の自警団など高が知れているだろうが。

 寄せ集めのオッサン連中に、ゴブリンの相手ができるかは甚だ疑問。


「でも……でもそれじゃ間に合わないですよ!」

 その苛立ちを表すように、ユーティアの歩む速度が徐々に上がっていく。


 たしかに、ローザをさらったゴブリンの目的は不明だが、紳士的な扱いをするとは到底思えない。

 時間が経過するごとに危険度が加速度的に増すのは自明の理だが。


「あ――!」

 だがそんな中、ユーティアは突然ピタリと、まるで金縛りにでも掛かったみたいにその動きを止めた。

 まるでとてつもない発見でもしたかのように。

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