第10話 修道院の日常 3


 ――それから約15分後、料理は無事に出来上がっていた。

 途中からシスターアマンダも手伝いに入ったことで、作業効率が大幅に上がったのだ。

 さすがベテラン、目の前でテキパキと料理が生まれる様は爽快ですらあった。


 料理は、厨房のすぐ隣の食堂へと運ばれていく。

 食堂といったって、やや広めの部屋に長細いテーブルが二列並べられただけの簡素な造りだが。

 歪んだ木の柱とくすんだ白い漆喰の壁、やはりこの部屋も古めかしい。


 途中から先程のルーシィとアレックス、その他の子供達も部屋に入ってきて準備を手伝い始めた。


「やぁユーティア、今日も宮殿の花壇に咲き誇る日鈴草かりんそうのように可憐でキュートだよ!」

「ふふっ、ゼルスったら相変わらずお世辞が上手ね」

「このバカはほっといていいわよティア。それよりこないだ貸した『ランドリット王子の華麗なる晩餐会』の続刊が手に入ったの。読み終わったら貸してあげるわね」

「まぁ素敵! ありがとうルーリッカ。破天荒な王子の活躍が今から楽しみです!」

 お調子者のゼルスに姉御肌のルーリッカ。

 ユーティアが同年代の男女二名と親しげに挨拶を交わす。

 こうしていると、本当にただの年頃の少女だ。

 

「てぃあー! いっしょいたべよー!」

「たべよー! たべよー!」

「はーい、じゃあモモもネネもこっちに座りましょうねぇ」

 今度は幼稚園児ぐらいの幼女二名がユーティアに纏わりついてくる。


「どうですリュウ君、この二人は見ての通り双子なんですよ。可愛いですよねぇ~」

 ユーティアは二人を促し、子供用のハイチェアに座らせる。

 双子など特に珍しくはないが、人口密度の低そうなこの世界では希少なのかね?


 双子のモモとネネにユーティアが挟まれる形となり、その対面にシスターアマンダが腰掛ける。

 もう一方のテーブルには年長、年中組が向かい合って座る。


「あれアマンダさん、院長は?」

「院長はこれから洗礼式の予定があるので、先に食べているようにとのことです」

 アマンダは抑揚の無い声で淡々と答える。

 冷たい性格……というわけではないようだが、あまり感情を表に出さないタイプの女性のようだ。


《子供六人にシスターがお前を含めて三人、計九人か。確かに大所帯だな》

「いえ、ローザとレイラさんが買い出しに行っている最中なので全員で11人ですよリュウ君」

 そういえばそんな名前を礼拝堂で言っていたっけか。


《まあそんな事はどうでもいいけどな。早く食べようぜ!》

「もぅリュウ君、食前のお祈りを忘れてますよ!」


 なんだよ食前の祈りって。

 まさかアレか?

 海外ドラマとかで見かけるアレか?


「主よ、あなたの慈愛に感謝します。豊かな恵みに感謝します。願わくば、世界中の人々にもこの祝福が届きますように」

 シスターだけじゃなく、子供まで真剣に祈りを捧げる。


「ほら、リュウ君も!」

《は? 俺に神に感謝の祈りを捧げろっていうのか?》

「もちろんです! それにお行儀が良くないと社会に出て苦労してしまいますよ?」

《なんだその言い草は! 母親気取りか?》

「気取りじゃなくて母親ですから! 言っておきますけど、私は礼儀作法には厳しいですよぉ〜」

 ユーティアの語気には、不作法は許さぬという強い意志を感じる。


 ぐぬぬぬ……早々と母親役に順応しやがって。

 俺的には放任主義の母親が理想なのに。


《わかった、だが信教の自由は守られるべきだ。俺の宗派でやらせてもらうが?》

「ええ、もちろんですとも」


《では、いっただっきまーす!》


「…………え? それで終わりですか? シンプルですね?」

《感謝と敬意の込められた正式な儀礼だが、文句あんのか?》

「いえ、そういうわけでは……」


《なら食べろ! 早く! 今すぐに!》

「わかってますよ、もぉ」

 ユーティアは木製のスプーンを使って野菜と兎肉の入ったスープをすくう。

 白濁した液体に浮かぶ肉と野菜の輝きと立ち昇る香りが、一層俺の食欲を掻き立てる。

 ああ、久しぶりの食事だ!


 ハムッ――と、ユーティアは小さい口を大きく開け一口で頬張る。

 口の中全体に広がる香味と柔らかな肉の食感。

 喉から胃へと伝わり、そして全身へと拡散していく温もり。

 ああこれだよこれ、おいし……おい……し?


《…………まあ、普通だな》

 不味くはないが、特段美味しいとも思えない。

 いたって普通のスープである。

 限られた食材に化学調味料もなければ、まぁこの程度が限界なのだろうが。


「普通と言われると、まぁ自分でもそう思いますが、人生で初めての感想が普通というのはどうなんでしょう?」

《あーやっぱり欲を言えば、ビーフカレーとかテリヤキバーガーとかが食べたいよなー!》

「それは聞いたことのない料理です! どこの異国料理ですか?」

 料理のレシピを増やしたいのか、ユーティアは興味津々で聞いてくる。

 しかし俺はそれらの料理をまるで知らない人間に解説するだけのボキャブラリは持ち合わせてはいないので、無視することにした。


 ちなみにシスターアマンダの作ったふかし芋の味付けも俺には物足りなかったし、切り分けられたパンに至ってはやたらと硬いのなんの。

 こちらはユーティアお手製の苺ジャムのおかげで、なんとか堪能できる代物になったという感じだ。


 しかし子供達も皆普通に、というか美味しそうに食べている。

 どうやらこの世界の文明レベルではこの程度が標準らしい。

 そうだよな、俺が現代食に慣れ過ぎているだけなんだ。

 しかしどうしたものか、俺的異世界食糧危機である。


 ……これ、絶対和食が恋しくなるやつだ。


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