第2話 胎動 2

 ――――――――そう、俺は死んだ。

 死んだ……はずなのだ。


 だがそれからどれぐらいの時間が経過しただろう?

 いつの間にか俺は意識を取り戻していた。


 死んだはずの俺の意識がまだ存在するということは、ここは死後の世界というやつなんだろうということは自然と察せられた。


 そして自分が置かれている状況を把握した俺は、ここが地獄なのだと確信する。

 ――いや、むしろ何も把握できないからここが地獄だと確信できると言うべきか?


 何も存在せず何も把握できない無の世界。

 それが俺が今居る場所だ。


 ちなみにこの何も存在しないってのは、人がいないとか建造物が見当たらないとかそういうレベルの話ではない。

 天も地も光も空気も存在しないという、まさに虚無の意味でだ。


 死んでいるのだから当然だが、ここには俺の肉体すら存在しないようだ。

 なにせ五感が働いているという感覚もまったく無い。


 何も見えないし聞こえないし何かに触れることもできない。

 空腹感も感じないし、それどころか呼吸すらしていない。

 闇の中に、俺の意識だけがポッツリと浮かんでいる状態である。


 少なくともこんな場所が天国というわけではないだろう。

 孤独な俺にあつらえたような、無味乾燥の世界。


 そもそも、俺はいつまでこの状態で放置されるんだろう?


 一カ月?

 一年?

 百年?

 まさか永遠に?


 食べ物を摂取しなくても飢えそうにないのはいいとして、俺は餓死すらできないまま延々とこの空間に幽閉されるんじゃないのか?


 まさに魂の牢獄!

 あな恐ろしや! これを地獄と言わずになんと言おう!!


 不安と恐怖がジワジワと精神を蝕んでいく。

 こんな状態で、いつまで正気を保てるだろうか?


 どうやら神は俺の死に際の悪態を見逃さなかったらしい。

 自分に敵対的な存在と知るや否や、即座に地獄送りの速達便に俺の魂を詰め込んだようだ。

 神がここまで抜け目なく狡猾こうかつだとは、さすがに思いもよらなかったぜ!


 だから俺は、もしもこの先神に会う機会があればブン殴ってやると固く決意したのだった。


 …………さて、とはいえどうしたものか。

 勇壮活発に意気込んではみたものの、今の俺はまさに手も足も出ぬ状態。


 今の俺にできることといったら、こうして一方的に神に対しての恨みをつのらせるのが関の山なのだから。

 まさに八方塞がり、打つ手なしだ!


 …………まぁしょうがないか。

 生きている間でも散々足掻いたのに、死んでまで足掻くのも空しい限りだ。


 この暗黒の世界に侵食されるように、俺の神に対する反抗心すら早くも折れ始める。


 無駄だったのだろうか?

 無価値だったのだろうか?

 俺の15年の人生は。

 挙句にこんな拷問のような死後の世界での幽閉。

 

 もう……全てがどうでもよくなってきた。

 いっそのことこの意識も消えて、早く次の人生に生まれ変わってくれないだろうか?

 せめて次はもう少しマシな人生を送れるといいんだが……


 などと考えている最中、俺にある変化が起こる。

 突如として頭の中に閃光が走ったのだ。


 実際に光が見えたわけでもないので我ながら妙な表現だとは思うが、そう表現せざるを得ない程の衝撃が俺を襲った。

 と同時に、膨大な情報が俺の意識に流れ込んでくる。


 情報と言ってしまうと抽象的だが、厳密にはそれは今まで見たことがない――まるで古代遺跡の石板にでも刻まれていそうな字面じづらの文字情報。

 その文字列は、次々と俺の記憶に植え付けられていく。

 まるで分厚い辞典の内容が次々とインストールされるように。


 最初は混乱したこともあって、この文字の羅列が何を意味するのか理解不能だった。

 だがバラバラだった文字は言語となり整理され、次第にその意味すら理解できるようになってくる。


 これは……呪文? 

 そうだ、これは呪文だ……魔法を行使するための……


 魔法? 魔法ってなんだ?

 近頃の地獄ってのは魔法がトレンドなのか?

 なかなか斬新な世界観だな。


 そうして驚いている間にも俺の意識内には魔法の知識が整理され格納され、ついには大魔法使いのような多種多様なレパートリーが完成する。


 その魔法の効果は多岐にわたるものの、ゲームでいうところの攻撃魔法に分類される系統が多いようだ。

 しかも中には近代兵器に勝るとも劣らない威力の魔法も含まれている。


 ……なんだよこれ? 俺に人間兵器にでもなれってのか?


 どういう経緯で俺にこの知識がもたらされたのかは依然不明。


 いったい誰が?

 何のために?


 全ては謎だが……しかし、これはチャンスではないか?

 この魔法によって、この地獄から脱出する糸口が掴めるかもしれない。 

 手も足も出なかった状況から一歩、いや百歩ほどの前進である。


 よしよし、さっそく精査してみるか。

 俺は取得した魔法の仕様と効果を確認していく。

 なにせこれだけの種類があるんだ。

 役に立ちそうな魔法の一つや二つはあるはず……はず……


 …………………………


 あ――――っダメだ!!

 俺は大きくため息をつく(心の中で)。


 たしかにこれらの魔法は素晴らしい。

 しかし魔法の行使には、基本的には呪文の詠唱と両手で印を結ぶ必要があるようだ。


 ということはだ、声を発することすらできない今の俺には使うことはできない。

 つまり無用の長物というわけだ。


 なーんという宝の持ち腐れ!

 地獄を脱出できるかもと歓喜した矢先に肩透かしを食らって、余計に落ち込んできた。

 誰だこんな手の込んだ嫌がらせをする奴は!


 苛立ちは募るものの他にすることもないので、引き続きこの新しい知識に目を通すことにした。

 なにせ膨大な量があるので、スペックの低い俺の頭脳では一度に把握しきれないのだ。

 真新しい知識を、本のページを一枚一枚めくるように通観していく。


 うーん、これは………?

 いくつかの魔法に意識が留まる。

 数的には限られているが、無詠唱で行使できる魔法もあるみたいだ。


 口に出して呪文を唱えなくても、心の中で念じるだけで実行できる魔法。

 つまり今の俺の状態でも使える……ということになるのか?

 わずかながらも光明が見えてきたことで胸が高鳴る。


 とりあえず幾つか試してみるかな。

 いきなり魔法を使ってみるというのも滑稽な話だが、知識を得た今の俺には自然なことのように思えてしまうから不思議だ。


 もちろん完全初心者なので自信は無いが、心を落ち着かせ、集中して、魔法の発動を念じる。


 ほのかな明かりを灯す魔法――

 物を浮かす魔法――


 …………………………

 何も変化がない。

 やはり駄目か?


 効果が発揮されていないのか、俺の今のこの状態では発動を確認できないだけなのかは不明だが、わずかな反応すら得られない。


 いや諦めるにはまだ早いか。

 有用性に捕らわれず、とにかく色々と試してみるしかない。


 物を拡大して見る魔法――

 触れた者と感覚を同調する魔法――


 ――――――――っ!!

 な……に!?


 あった! 大きな変化が!!

 突如視界が開け、光の波がなだれ込んでくる。


 眩……しい……

 おそらくの、久しぶりに感じる光明こうみょうにようやく意識が慣れた頃、俺の目の前には見慣れぬ景色が広がっていた。

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