蛇の道は蛇Ⅰ

 しばらくの間、ユーキたちが何が起こったかを整理することになった。

 どうやら、ここにいるティターニアや妖精といった存在以外。すなわち、妖精庭園に入った人間全員の怪我をほぼすべてクロウが引き受けていたらしい。


「おかしいと思ったんだ。いくら伯爵に鍛えてもらってるからって、あの攻撃を食らって無事で済むはずないのによ」

「骨が折れたのに俺だけ治ってないってことは、下手すりゃ死んでたってことか? そりゃないぜ」


 一部、身代わりの魔法の対象になっていなかった騎士もおり、互いに怪我をした場所を確認しながら生きていることに感謝する。

 クロウにも礼を言いに行く騎士もいたが、本人に放っておいてくれと言われて何とも渋い顔をしていた。


「話は済んだか? それじゃ、俺は一足先にこの森を抜けるぞ」

「おい、ソフィを連れて行くんじゃなかったのか?」

「流石にこの状態でお前たちに挑むほど愚か者じゃないんでな。精々、俺が次に来るときまで、怯えて過ごしておくといい」


 出血も治まり、いつの間にか腕の形も元に戻っていた。傍から見れば、明らかに治癒不可能なレベルで破壊されていたにも関わらず、何もなかったかのような形だ。


「おい」

「なんだ」


 クロウが何歩か進んだ時、後ろからユーキが呼びかけた。振り返らずにクロウは言葉を返す。

 数秒間、沈黙が続いたがユーキがやっとのことで口を開いた。


「今回は助かった。だけど、もし俺の仲間を攫おうとするなら覚悟しておけ。ただじゃ済まさないからな」

「………………」

「お前の所のボスにも言っておけ」

「――――くっくっくっ、何を言うかと思えば……。お前程度の力で俺を止められるとでも?」


 ユーキの宣言にクロウは鼻で笑って振り返る。

 二人の間は十メートル以上離れている。それでも、肌を刺すような威圧感が襲ってきた。ユーキにはそれが何かを理解できていた。

 魔眼には今までクロウの輪郭が漆黒に塗りつぶされていたが、今は違う。目の前に大きな手でユーキを掴みかからんとでもするように、クロウの体から伸びた漆黒の世界が広がっていた。

 一瞬でも気を抜けば、その世界の中へと体ごと引きずり込まれ、その奥へと無限に落下していく錯覚に陥りそうになる。それを前にしてユーキは毅然と、その先にいるクロウを見据えていた。

 肉塊などに見えた赤黒い光に比べれば、随分生ぬるく感じたのもあるだろう。だが、それよりも、目の前に広がる魔力か何かで形成された不可思議な物からは威圧感こそ感じるが、一切の殺気を感じなかったからだ。

 別に今まで殺気というものを日常的に浴びて理解できているわけではなかったので、ユーキ自身は嫌な感じがしないという風に受け取っていた。この場でその違いを傍から見ていて理解できていたのは、大妖精のティターニアと元水精霊のソフィくらいだろう。

 それでもアンディたちからしてみれば、空気がぴしっ、ぱしっ、と何もないところで音を立てているため、次の瞬間に何が起こるのか気が気ではなかったはずだ。


「あぁ、今はお前よりは弱いさ。だけどな……」


 ユーキは自ら一歩踏み込んで、クロウの生み出した空間へと飲み込まれる。

 確実ではないが魔眼を通してユーキは、心のどこかで確信していた。これに触れても何も問題はない、と。

 実際、霧を抜けたように目の前にクロウだけが景色から抜け落ちた光景が飛び込んで来た。


「……ならば、お前の言った言葉を楽しみにしておこう。次に会う時は今日の様に手を取り合えるとは限らないからな。精々、努力しておくといい」


 嘲笑うことなく、クロウは真剣な声でユーキへと告げるとそのままゆっくりと花畑の先。大樹の並び立つ森へと消えて行った。姿が見えなくなった後、ユーキの頭をフェイが後ろから小突いた。


「な、何だよ?」

「アホかい、君は。何、喧嘩売ってるんだよ」

「いや、何でだろうな。アイツを見てたら、何か無性に言いたくなってさ」

「君が自滅するのは百歩譲っていいとしても、僕らを巻き込まないでくれるかい!?」


 フェイが胸倉を掴んで前後に揺する。ユーキが悲鳴とも怒声ともつかないしゃがれた声を出しながら揺られていると、サクラとアイリスが目を覚ました。

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