代用Ⅶ

 収束した魔力が解けぬように精神を集中させる。

 放つタイミングは肉塊の高さが頂点に達した瞬間。照準も合わせ終わり、後はその引き金を引くだけである。

 広げた指を小指から順に握り込むと魔弾は大きく膨らんだ。放った反動で相当な負荷が人差し指にかかるだろうが、きっとソフィが何とかしてくれると腹を括る。

 全身の魔力を総動員したせいか、倦怠感と眠気まで襲ってきている状況で、ユーキは唇をかみしめて意識を保つ。一秒に満たないこの時間があまりにももどかしすぎた。

 腕どころか全身の神経がピリピリと痺れ、人体の中から聞こえるはずのないガラスが砕ける様な甲高い音が響く。皮膚はまるで薄氷のように罅割れていく感覚だ。

 そして、ついに肉塊の上昇速度が零へと到達した。


「――――っ!」


 既に声すら出す余裕も無くなっていたユーキは、喉を閉めて息することすら忘れていた。ただ空中の一点を見つめ、その指先に宿った魔弾を解き放つ。

 金属がぶつかる重い音が響くと同時に、体中から砕け散る音が響き渡った。遅れて、体から一気に温かい何かが空気中へと逃げていく。

 魔眼の視界の端にはほんのり赤みを帯びた色が粒子となって消えていくのが見えた。その最後の光が消え失せた瞬間、音速を超える早さで魔弾が加速を始める。

 青い閃光はもはや尾を引くなどとというレベルではなく、指先どころか肩にまで繋がっていると錯覚するほどの槍の様に感じられた。空が裂け、悲鳴を上げる。着弾したと同時に、肉塊は魔力の奔流に呑まれ、その姿が見えなくなってしまった。

 そのまま、貫通したガンドは天へと昇り、ある一定の高さまで到達する。すると、その天すらも穿つ。


「空に……穴が……!?」

「妖精庭園の結界を貫通したみたいですね。大丈夫です。外から少しこの大樹が見えてしまう程度で、すぐに修復できます。それよりも――――」


 ティターニアは心配そうに空中に放たれ続けるガンドの残像を見守る。


「――――あの男は倒せたのでしょうか?」


 徐々に光が掠れ、点滅していき、まるでそこには何もなかったかのように静寂が訪れる。

 ガンドの攻撃範囲が大きく、肉塊の消滅を肉眼では確認できなかった。心配になるティターニアだったが、ソフィはそれを肯定した。


「大丈夫、あの嫌な気配はもう感じないです」


 ソフィは辺りを見回すとユーキの側に駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ、うん。撃った瞬間は凄い衝撃と痛みだったけど、今は何とも……」


 轟音と共に放たれたガンドの衝撃は、指が曲がるなんて言う生易しいものではなかった。腕が吹き飛んだかと思うくらいだ。だが、ユーキは不思議そうに右手を何度も閉じたり開いたりするが、動きに異常はなかった。


「よくやったよ。僕なんて何もできなかった」

「いいんだ。それに何とかなったじゃないか」


 駆けよってきたフェイにユーキは笑顔で応じる。

 フェイは一瞬戸惑ったが、頷くとその顔をクロウにも向けた。


「今回はあなたにも礼を言わないといけないな。本当に、助か――――」


 フェイが見た場所にはクロウが仰向けに寝転がっていた。

 だが、果たしてそこに血だまりなんてあっただろうか。遅れて、その血が右腕から流れ出ているものだと気付く。


「すぐに治療を!」


 フェイが慌ててクロウの右腕を止血しようと持ち上げるが、それをクロウは左手で跳ね除けた。


「心配するな。俺にとっては掠り傷みたいなものだ」

「だ、だけど……」

「ふん。それより、お前の護衛対象であるあいつの姉の心配をした方がいいんじゃないのか? ハシシを監視していたのは、どこの誰だと思ってるんだ?」


 その言葉にフェイは衝撃を受ける。

 ハシシが現れたということはクレアが対処できずに逃がしてしまったことを意味している。その表情が凍り付いたのはフェイだけではない。アンディやメリッサ、何よりマリーは顔が真っ青になっていた。

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