代用Ⅳ

 地響きが時間を追うごとに酷くなってくる。

 戦える者は実質、ユーキとティターニア、ソフィ、そしてフランだけと言っていい。動くことはできても、魔力が切れて動けないか。攻撃手段が剣などの物理攻撃しかない者には、肉塊を倒すことはできないだろう。できることと言えば、自分の命を犠牲にしたわずかな時間稼ぎ。

 だからユーキは、そんな未来を否定すべく、右腕への魔力の流れを加速させる。そればかりではない。右腕を支える左腕からも魔力を搔き集める。


「やるなら、徹底的に……か。良い覚悟だ。それならば、俺もその賭けに乗ってやろう」


 クロウもまた、ユーキと同じように左手へと魔力を流し始める。その魔力はユーキの左の肩甲骨から、左腕を通って、指先から流れ出る。

 本来ならば、周囲の魔力マナに侵食されるはずのそれは、指先に展開される魔力の塊に吸い寄せられ、ガンドの弾丸へと変換される。


「――――恐ろしいですね」

「ティターニアさん。ユーキさんのガンドが何かわかるんですか?」

「いえ、アレが何かを私は理解できませんが、何が起こっているのかを感じること位は出来ます。彼の発動しようとしている魔法は、単純に魔力の塊をぶつけることなのでしょう。しかし、あれは――――」


 そこで言葉を区切って、ティターニアはフランとソフィに視線を向ける。


「妖精庭園の中に存在する魔力マナを吸い上げています。人の力だけではなく、私たちの魔力すらも利用するなんて……」

「それは私も近くで見ていて驚きました。あの威力、普通の人間に放つことができる限界を超えているはずです」


 ソフィも同意して、ティターニアの言葉を引き継ぐ。曰く、人の体内で使われる魔力は外の魔力に塗りつぶされるものである、と。それを否定した目の前の現象を精霊や妖精の感覚をもってしても理解できないアレは、異常以外の何物でもない。


「今ならわかります。彼がガンドを放とうとしたときに止めようとした理由が」

「それは一体……?」

「誰かが、あの異常な力を封じていたのでしょう。本当に僅かに残った思念が零れ出た魔力から訴えているのです」


 ティターニアは唇を震わせる。その瞳をユーキの背に向けて見守りながら、手を組んで祈るように。

 その目尻には水の球が浮かび、朝露が葉から零れ落ちるように頬を撫でていった。


「……私には聞こえませんね」

「私もです」


 吸血鬼であるフランには人間以上の鋭敏な聴覚が、ソフィには水精霊で会った時の鋭敏な感覚があるが、そのどちらにも思念と呼ばれたものは感じ取れずにいた。

 そんな二人の言葉にティターニアは頷く。


「私達は植物の声なき声、意志の具現。種族は違っても、それを感じ取る力は誰よりも強いのかもしれませんね」


 そんな彼女は天へと右腕を掲げる。

 魔眼などなくても見えるほどの魔力の奔流。たかがなりたての大妖精が放つものではない。その魔力がそそり立つ大樹の枝へと触れると、大樹全体もまた魔力を放出する。


「――――しかし、この妖精庭園を守るのは私の役目。何者かはわかりませんが、そのような言葉を聞いて止まるほど優しくはありません。ユーキさんには申し訳ありませんが、ガンドへの魔力供給。私も後押しさせていただきます」


 緑色の光がユーキへと近づいていったかと思えば、次の瞬間にはブラックホールに吸い込まれていくかのように指先の空間に吸い込まれていく。

 あまりにも集中しすぎていて、何が起こったか理解できないユーキだったが、すぐに魔力が増えていることに気付いて歯を食いしばる。既に限界に限界を超えた弾丸の形成は、それを維持するだけでも困難を極めていた。油断すれば、次の瞬間には敵を討ち滅ぼすはずの魔力に自分が吹き飛ばされる未来が待っている。

 先程までは地面の底から出てくるなと願っていたのに、今、この瞬間はさっさと出て来いと祈っていた。


「もう……む、り……」


 こうなったら地面ごと吹き飛ばそうか、という考えが頭の片隅に浮かんだ時、巨大な腕が地面を突き破った。天へと伸びた腕は即座に地面へと振り下ろされ、ゆっくりと歪な胴体を持ち上げる。地面が捲り上がり、巨大な片足がズシリと踏み出された。

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