再生Ⅳ
クロウは自分の首が治ったことを確かめるかのように左右へと動かす。
そこにはナイフに切断された跡はほとんどなく、薄く黒い線が残っているだけだった。
「別にここで全員を叩きのめしてからでも構わないのだが、そうすると後が厄介だ。それに百聞は一見に如かず、さっさと見せた方が早い。着いてくるといい」
クロウは踵を返すと無防備な背中をユーキたちに見せたまま、メリッサの方へと向かって行く。その背中に攻撃を加えることはあまりにも容易くできそうに見えたが、先程の再生能力を見せられると何をしても無駄に思えてしまった。
それはメリッサも感じているらしく、何とかナイフを握る手に力を入れることができたものの、そこから先へと攻撃を繰り出す勇気が出なかった。クロウとの距離が縮まり手の届く位置に来た時、思わずその肩が上がり、自分自身が恐怖に身を竦ませてることに気付いた。
そんなメリッサの肩へとクロウが軽く手の甲で叩く。
「若いのに物騒な技をよく極めたもんだ。さっきの、相当練習したんだろ?」
「……わかるのですか?」
「あぁ、そっちの誘いに乗ったとはいえ、あそこまで見事に決められるとは思ってなかったからな。ま、仕える者は違っても、純粋に努力した奴のことを称賛するくらいのことはするさ」
メリッサは開いた口が塞がらない様子で、通り過ぎていくクロウを見送ってしまった。
「敵対するかと思えば、急に褒める。あの方は一体何のつもりなんでしょう……」
独り言を呟いていると、その横をマリーやアンディが駆け抜けていく。
「危険です。飛び出していかないでください」
「あたしに見せたいって言ってんだから、それまでに危険な目に合わせるはずがないだろっ」
大声で言い合う二人の声に我に返ったメリッサは、急いで後を追う。
その横をフランとフェイが走っていく。フェイは横目で様子を窺いながら声をかけた。
「メリッサさん。大丈夫でしたか?」
「いいえ、獲物を抜いてここまで歯が立たないとは思いませんでした。ちょっと、心が折れそうです。いえ、折れてます。ぽっきりと」
「それにしては、表情はお変わりないようですが……」
フランは覗き込むようにしてメリッサの顔を窺う。彼女の言う通り、メリッサの表情は戦闘の前後では一貫して変化していない。これが伯爵だったら、珍しいことも有るもんだ、と気付くほどにはメリッサ自身は驚いているつもりではあるのだが。
そんな彼女の下にアイリスが走り寄ってきた。
「メリッサ。あの人の体、どう思う?」
メリッサはその質問を、本当に人間かどうか、という意味合いで理解した。
だんだんと近づいてくる大樹を見ながら、メリッサは一拍置いて答えを出した。
「感触的には人間の首を切ったの同じでした。あえていうならば、少し抵抗が少ないようにも感じましたね。私からすれば、先程倒したハシシという男もあの方も、どちらも同じ化け物にしか見えません」
「でも、メリッサは、クロウをハシシとは一緒だと思って、ない」
マリーと普段一緒にいるアイリス。そして、飛び級の天才少女。そんな彼女のことは当然、メリッサも知っていた。そのアイリスから、そのような言葉を聞くとは思っていなかったので、理由を問いただしたくなる。
同じ表情が変わらない者同士。アイリスも伯爵と同様にメリッサの考えを表情から読み取れるのか。何を言われずとも、その理由を答えた。
「目、キラキラしてた」
「はぁ、私が、ですか?」
「うん。肩を叩かれるまでは怖くて震えてたけど、そこからは全然怯えてなかった。でも……」
そこでアイリスは一度言葉を区切ると、ゆっくりと前を進んで行くクロウの背中を見つめた。その眼が少女に似つかわしくない程、細められる。
「あの人は……危険」
その言葉はクロウに届くことはないが、それでも何かを感じたのだろう。一度、その仮面がアイリスの方へと向けられた。数秒ほど動きを止めた後、残りの数歩をゆっくりと進んで行く。
どこまでも天高く手を伸ばそうとしているかのような大樹の根元。あまりにも太い根に足を引っかけそうになりながらも、ユーキ達は息を切らしそうになりながら踏み越える。
やがて、陽が枝葉に隠れるくらいになってきたとき、クロウの手がついに幹へと届いた。
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