再会Ⅰ
クロウに名指しされたマリーは面食らった顔で声を漏らした。
「あ、たし……?」
「そうだ、お前だ。この話の中心に最も近い人物は、この場においてお前以外他にいない」
そう言いながらクロウはフランの背中をそっと押して、自分の側から距離を取らせる。まるで、こちら側に来るなと言っているようにも見えた。
「大妖精ティターニア。その姿をお前は幼少時に見たことがあるのだろう? その時にお前が失っていた大切なものは覚えているか?」
「そ、れは……」
視線を落とすマリーの前にメリッサが進み出る。
その姿は可憐なメイドだが、その瞳だけは明らかにメイドの放つ眼光ではなかった。メリッサは口調こそ丁寧だが、はっきりとクロウに拒絶の意を込めた声音で語り掛けた。
「クロウ様。先程も言った通り、マリー様はそのことを忘れて平穏に暮らしているのです。わざわざ、昔の苦しみを思い出させる必要など――――」
「――――忘れているのではなく。
その言葉にメリッサの動きが停止する。
彼女の表情を見ることができる者がいたら、動揺で瞳が揺れているのが見えただろう。心なしか、口元も僅かに動いていたかもしれない。何故そのことを、と。
「不思議に思わなかったか? 何故、俺がたかがオルゴール如きを伯爵邸に侵入してまで手に入れようとしたのか、と」
「メリッサ。あたしの忘れちまったことを何か知ってんのか?」
マリーがメリッサの肩を掴むが、首を横に振る。
「お許しください。マリー様。私にはお伝えできることは何もありません」
そして、この短時間で精神を落ち着けることができたのか。再び、メリッサがクロウを睨みつける。
その様子にクロウが仮面の奥で笑みを浮かべた、ユーキは感じた。情報も実力も圧倒的にクロウが有利な状況と考えれば、それも仕方ないだろう。
事実、アンディやフェイはここは動くべきではないと判断して、相手の出方を窺っている状況だ。
「俺が盗んだオルゴール。正確にはそのレプリカだが、どちらも流れる音声は一緒だ。少女が歌を歌い。そして最後に誰かへと別れを告げる一言が入っている」
「クロウ様。それ以上口を開くのであれば、私も黙ってはいませんよ」
今までと違い、声のトーンが低くなる。
目つきが更に鋭くなり、その両の手がガンマンの様に体の脇で開かれる。ほんの一瞬、まるで女性がスカートを摘まみ上げて礼をするかのように体が沈み込む。
「レプリカは最後の部分が欠けていて、何を言っているかわからないが、本物は――――」
クロウの言葉が最後まで言い切られることはなかった。
白銀の閃光が迸り、クロウの顔面へと伸びて行ったからだ。
「――――驚いた。ただ者じゃないと思ってたが、その手の使い手か……」
クロウは間一髪で、それを後ろに大きく仰け反り、バク転で回避した。あとワンテンポ遅れていたら直撃していただろう。
「そちらこそ、流石です。今の一撃を避けるなんて……やはり和の国の八咫烏に所属していたのは、本当のようですね」
先程と全くポーズを変えないまま、メリッサが静かに呟いた。
最初、何が起こったかを理解できない面々だった。頭の中で何度も今見た光景を繰り返すことでやっと、予測がつくところまで辿り着けるかどうかだ。
「今、足元からすごい勢いで金属片がとんでいったような……」
フランの動体視力は、やはり吸血鬼ということもあってか、正確に起きた現象を理解していた。理解はしていたが、本当にメリッサがやったのか確証を得られないほどの芸当だ。
「靴に仕込んだ暗器。特殊な形に加工した針やナイフといった類、だね」
フェイがクロウに聞こえない声で呟いた。
手の動きはフェイクで、足元から気が逸れた瞬間に靴から金属片を、僅かな足の動きのみで相手に投擲する。とても人間の技とは思えない上、明らかに正々堂々とは正反対の行い。流石のユーキもメリッサがそんなことをするとは全く思っていなかったので、フェイからその言葉が聞こえたときは耳を疑った。
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