追撃Ⅰ

 クロウの逃走を確認した一行の意見は二つに割れた。

 それは、このまま帰還すべしという意見とクロウを追うべきという意見だった。前者はクレアとアンディ。後者はマリーとフランのものだ。


「ただでさえ強敵のクロウを相手に、この男を連れて追いかけるのは無理です」

「じゃあ、あいつが人を攫って行くのを指くわえて見てろってことか!?」


 アンディとマリーの間に火花が散る。

 それを遠目から眺めていたメリッサはため息をつきながらマリーを諭す。


「仮に追って、追い付いたとして、マリー様はあの人に勝てると?」

「う……」

「ただでさえ得意な火の魔法を使えないのに?」

「うっ……!」

「友人の命を晒してでも?」

「うっ……!!」


 言い返せず表情が硬くなる。

 そんなマリーにメリッサは更に顔を近付ける。


「妖精庭園に行くというのは他の方々の同意もあったので、私も黙ってついてきましたが、流石に見過ごせません。あなたはまだご両親と違い成長途中なのですから、無理をなさってはいつか取り返しのつかないことになりますよ?」

「うぐぐっ……」


 マリーの言っていることは人として当たり前のことだが、二つほど見落としている点があった。一つは、自分たちの対処できる範囲には限界があるということ。自分の両親が色々と規格外だったせいか、或いは今までの事件が上手く解決されていたからか。正しいことならば即実行というリソースを無視した若気の至りを現在進行形で行こうとしている。

 そして、もう一つは同じ意見であるフランの考えの中にあった。


「私もメリッサさんの言葉には同意です」

「何だよ。追いかけた方がいいってフランだって言ったじゃんか」

「では、マリーさん。追い付いたら、どうするつもりですか?」

「決まってんだろ。吹っ飛ばして、女の子を助け出して終わりだろ!」


 語気を強めるマリーにフランは首を振った。


「その場合、ティターニアさんの視点からすると、私たちも無理矢理少女をここから連れ出す人間ということになるのですが?」


 マリーが恐る恐るティターニアを見ると、言葉こそ口にしなかったが目を瞑って俯いてしまう。

 自分は絶対の正義だからと思っていても第三者から見れば悪となる。どんなに信じてほしくても、それには長い年月をかけて築く信頼が不可欠だ。

 クロウをマリーたちが信じられないように、ティターニアも命を救われたとはいえ信じ切ることは出来ない。


「私が追いかけたいといったのは、その少女が誰で、クロウさんが本当に救うつもりなのかどうかを見届けたいからです」

「フランはどちらかというとクロウを信じる側ってことか?」


 ユーキが問いかけるとフランは頷いた。

 そこでユーキは今までクロウと出会った時のことを思い出してみる。

 王都の伯爵邸への侵入事件、アウト。不法侵入に窃盗だ。この世界の法律でも許されない行為だ。

 路地裏での襲撃。窃盗物は返したが、戦闘になった。今考えれば、魔法もほとんど使わずに拳だけで対応していたことを考えると遊ばれていたという風に捉えてもおかしくない。

 そして、フランの父であるフェリクスを倒し、誘拐。この辺りから引っ掛かりを感じ始める。もし、クロウが駆け付けていなかったら、確実にユーキたちは死んでいただろう。それに加え、もう一つクロウが残していった物が目の前にあった。


「……その首のネックレス」

「はい」

「クロウが残していった痣から出て来たんだよな」

「そうですね」


 魔力不足になって倒れたフランの為に用意した火の魔力を宿すルビー。それを絡めとり、ネックレスへと変化した紋様。考えようによっては、魔力不足を想定して、フランに吸血しなくても魔力を集めることができるように魔法をかけていたともとれる。

 もし、クロウが善意で動いていたのだとしたら。その想定だとユーキたちがするべきことは何もない。アンディの言う通り、このまま帰るのが最善になってしまう。


「だから争う必要はない。ティターニアさんだって、その子がちゃんと保護されるってわかれば、安心できるでしょ?」

「え、えぇ。そうなります」

「じゃあ、その子の下に案内してもらって、もう一度、クロウさんとお話ししましょう」


 フランが微笑むとアンディとクレアは顔を見合わせた。

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