失踪Ⅷ

 クロウの発言にティターニアが初めて顔を顰める。


「失礼……なぜ、それを教える必要があるのか理解できかねるのですが」

「いや、まだ妖精庭園内にこの男がいることを考えると、万が一にも抜け出された時の為に大まかな位置くらいは知っておこうと思った――――じゃ、納得しないよな」


 急に変化した声音に全員がクロウから距離を取る。


「まさか、あなたも?」

「別に実験道具にしようなどとは思っていないが、このままここにいても、いずれ奴らの手に渡る。その前に、こっちで保護しに来たというわけさ。あなたの身勝手な興味本位で人間を保護するのと一緒でな」


 それに対してクロウは至って冷静、というよりも端から相手にしていないようにも見えた。両手を軽く広げ、いつでも攻撃を受け入れるとでも、言っているようだ。

 アンディや騎士達は剣を抜き、クレアもまた杖を抜き放つ。


「――――申し訳ありませんが、あなたにはここから出て行っていただきます」

「本当に流暢にしゃべるな。一体、?」

「誰、から……?」

「そうだ。大妖精とはいえ、元は妖精であり植物の意思の具現化。それなのにも関わらず、どうしてそこまで人間らしい振る舞いができるのか。疑問に思わないか?」


 仮面の奥からティータニアを鋭い目つきで見つめる。一瞬覗いた瞳が青く光ったようにクレアは見えた。

 一歩、手を広げたままクロウは前に進み出る。


「長い年月をかけて習得する大妖精もいるのだろうが、ここの庭園はまだ狭い。そう考えると振る舞い方がどうも少しズレているようにも感じる」

「ほ、他の大妖精のことをあなたがどれらい知っているかは存じ上げませんが、私は私です」


 ティターニアが一歩引きながら胸に手を当てる。その様子にクロウはつまらなそうに手を降ろす。


「確かに、これは俺の憶測だからな。まだ証拠も何もない言い掛かりだ。だけど、この眼だけは誤魔化すことができない」


 ティターニアからクロウの視線が少しずつずれていく。虚空を彷徨いながら、顔も体も別の方へと向いていくと、やがてある一点を見つめ始めた。


「……そっちは!?」

「どうする? 俺を殺すか? 相手してやってもいいが、その場合はそこの男より手こずると思え」


 思わず攻撃行動に出ようとしたのか。ティターニアが上げかけた腕が上がるよりも先にクロウが牽制する。

 上空からは本来、刃の様に降り注ぐはずだった葉がはらりはらりと力を失ってクロウの肩へと乗った。


「こちらとそちら、同じ保護だというのに、何故そこまでムキになるのか。あそこの男は無条件で返すというのに、少女はそうはいかない。そうなると何かあるのではと勘繰ってしまうのは……俺だけじゃないだろう?」


 クロウを取り囲む様子に異常事態だと気付いたユーキたちが駆け寄ってくる姿を、クロウは慌てることなく待っていた。

 その一方で、クレアたちはティターニアの行動の僅かな矛盾に疑念を抱きつつある。

 この場において何が正しいのかを判断することはできず、クレアは饒舌なクロウに対してチャンスだと思った自分を殴ってやりたくなった。

 相手の言葉を待つが故に後手に回ってしまい、流れは既にクロウの手の中にある。


「どうしたんですか!?」


 ユーキがガンドを放てるように構えながら近づく。フェイやサクラたちもその傍らで各々の武器を手にクロウに向ける。

 既にクロウの周囲をほぼ半円状に囲んでおり、逃走しようとすれば確実に集中砲火を浴びることになるだろう。


「ほんと、大変だねぇ。君も」

「……え?」


 一瞬、チャドのような声がユーキに向けて放たれる。

 当然、ユーキは知らない声で話し掛けられたので何事かと固まってしまう。


「――――まぁ、いい。とりあえず、俺としては以前と違ってこうやって会話もできるだろうと思って、正直に話してみているんだが……。そっちの解答としてはどうだ?」

「先ほどの話を信じろと?」

「無理だろうとは思っているけどな」


 心底、どうでもいいとでも言うような雰囲気に話を聞いていた者は意思が揺らぐ。


「話が見えないんだけど簡単に教えろよ。お前、口数少ないから言ってることが伝わんねーんだよ。っつーか、今の流れ何にも聞いてないし」

「マリー。黙ってて」


 クレアが遮るがクロウは手を叩きながら頷いた。


「そうだな。その通りだ。昔は一言多いって怒られてたんだが、今度は少ないと来たか」


 心の底から面白いとでも思っているのか、演技なのか。はたまた別の理由からか。ユーキには目の前にいる男が月の八咫烏ではないと感じてしまっていた。その証拠に魔眼にも目の前の男が空白の漆黒ではなく、わずかに緑色のオーラを発しているのが見て取れた。


「簡単に言おう。ここの大妖精は少女を保護している。秘密の園はそれを攫って実験したい。俺はその敵対組織だから、それを逆に邪魔して保護したい。どうだ?」


 端的に説明したクロウにマリーは笑顔で岩の弾丸を放った。


「おいおい。物騒だな」


 難なく拳で弾き逸らしたクロウにマリーは告げる。


「うるせぇ。フランの親父を攫った奴が偉そうに保護とか抜かすな、バーカ!」

「………………」


 その言葉に拳を構えたまま呆気に取られていたクロウだったが、急に後頭部を搔き始めた。


「参ったな。それを言われると、俺もこの大妖精と変わりないじゃないか。オーケー、やめやめ。この話は俺の負けだ」

「はぁ?」


 毒気を抜かれて戸惑う一同。その顔を見回してクロウはポケットから小さな球をいくつか放る。

 足元に転がるように落ちたそれを見て、クロウの意図に真っ先に気付いたのはアンディだった。


「悪いな。こういう時はやっぱり――――」

「マズイ、奴を!」

「――――実力行使が一番だ」


 ボフンッ、と音がして辺りに真っ白な煙が広がる。

 すぐにアイリスが風の魔法で煙を吹き飛ばすが、そこにクロウの姿は存在しなかった。

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