共闘Ⅳ

 耳障りな羽音を立てて、一斉に蜂が上空へと飛び立った。それでも最後の抵抗と言わんばかりに顔にはまだ視界を覆うように蜂が蠢いていた。

 肌の至る所が膨れ上がっていたのもほんの数瞬。すぐに筋骨隆々に元通り。顔に張り付いた蜂を掌で自分の顔ごと圧し潰す。

 そんなガラ空きの胴にアンディの剣が迫る。思いきり薙ぎ払われたそれは、確かな感触と共に男の脇腹へとめり込んだ。


「ぬっ!?」


 その感触に戸惑いを覚えたアンディはすかさず飛び退る。一秒遅れて、頭があった場所を裏拳が通り抜けていった。

 腕を振り切った所に月の八咫烏の拳が肋骨の真横へと吸い込まれていく。正面からの衝撃には強くとも真横からはいともたやすく肋骨は折れる。

 バキリなどという音とは程遠い、鈍い音が響き渡る。


「くっ、まだ足りないか」


 アンディと同じく後ろへと離脱する。

 口の端から血が出ている以上、折れた骨が肺に突き刺さっているのは間違いない。それでも二人の表情は厳しかった。


「強力な魔力による障壁。近衛騎士団が使う技には程遠いですが、それに似た物を感じますね」

「おまけに再生能力もある。あの程度、三十秒とかからず元通りだ」


 そうと聞いたらお鉢が回ってくるのは自分たちだろうとクレアたちは杖を構え、周りの騎士たちが敵の接近を阻めるように前へと出る。


「『逆巻き、切り裂け。汝、何者にも映らぬ一振りの刃なり』」

「「『凝固し、貫け。汝、何者も阻めぬ一条の閃光なり』」」

「『地に眠る鼓動を以て、その意を示せ。すべてを穿つ、巨石の墓標よ』」


 まだ動きが鈍いと見て、一点突破を試みる。

 魔法の弾数を一発にする代わりに魔力を極限まで注ぎ込み、威力を上げる。本来なら火の魔法を用いたいところだが、ここで放てば妖精庭園に甚大な被害が出る可能性がある。使える魔法は風、土、水に制限されるため、せっかく火魔法が得意なマリーとフランの力も十分に発揮できない。


「ぐひっ!?」


 そう思われたが、意外にもマリーの放った岩の弾丸は男の脇腹を抉った。それも十センチを超える大きさだ。アイリスの鎌鼬もクレアの岩石の一撃も弾かれるか砕ける中、見事に魔力障壁を貫通した。


「やるな。射出の瞬間に限界を超えて魔力を注ぎ込んで威力を大幅に上げる。魔力の消費は激しいが、その分威力も高い。紅の魔女の指導でも受けたか……」

「な、なんだよ。褒めたって何もないからな。っつーかお前は一応、敵だろ!」


 月の八咫烏が褒めたことに、素直に喜べないマリー。そんな中、遅れてサクラの中級魔法が地面から出現する。

 圧倒的な質量攻撃。同じスピードでも重いものがぶつかった方が痛いように、サクラの魔法もまたその重さを活かした攻撃に加え、過剰な魔力を爆発させて杭打機の容量で男の障壁を貫いていく。


「やった……!?」

「いや、直前で止められたな」


 くの字に折れ曲がった体だったが、岩の槍を丸太のような腕が抱え込むようにして抑え込んでいた。血管が浮き出た腕が大きく膨らむと岩に亀裂が走り、穂先が粉々に砕け散った。


「なるほど、ユーキ君の言う通りですね。あれは化け物の部類に入るでしょう。気を抜いたら、死にますね」


 そう呟いた矢先、男が口の端を吊り上げサクラたちの方へと一歩踏み出した。


「は?」


 マリーから間抜けな声が上がったのも無理はない。

 いつの間にか目の前にいた騎士二人が両側へと吹き飛び、大きく腕を振りかぶった大男が目の前に出現していたからだ。


「マリー様!?」


 メリッサの焦った声でようやく自分が危険であるということに気付く。

 脇腹を抉るほどの魔法を放つ相手、最優先で狙われるのは自明の理である。だが、薄気味悪い笑みを浮かべながら、戦力を正確に把握して襲ってくるとは夢にも思わないだろう。

 突然のことで体が硬直してしまったマリーをメリッサが後ろから引き寄せる。スローモーションの様に拳が動き出すのが見えた瞬間、自分の体が千切れ跳ぶの姿がマリーの頭の中で浮かんだ。


「させるか!」

「喰らえ!」


 そこにユーキのガンドと月の八咫烏が放った蹴りが突き刺さる。前者は顔面に、後者は抉られて塞がっていない脇腹に。

 流石に傷口を抉られたのが気に食わなかったのか。拳の軌道が瞬時に切り替わり、月の八咫烏へと襲い掛かる。対して、それすらも予測していたかの如く、拳が辿り着く頃には誰もそこには立っていなかった。

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