妖精庭園Ⅴ

 保護という誘拐や拉致から程遠い言葉に耳を疑う一行。

 その表情を見て、チャドは鼻を鳴らす。


「私も君たちと同感だ。だが、よく考えてみたまえ。悪戯好きの妖精が長い時間を生きただけで人並みの常識を獲得出来るかと聞かれれば、私は怪しいと答えるだろう。彼らにとっては純粋な善意であっても、我々からすれば迷惑極まりない悪戯に過ぎないのさ。力がついている分、余計に酷いがね」

「じゃあ、ユーキを迎えに行けば……?」

「まぁ、十中八九返すだろうね。例えそれが、自分が攫った時にいた周りの者であろうとも。もしかすると、君たちの顔なんて覚えていない可能性すらありそうだ。それが無理でも、色々と方法はある」


 アイリスは自分が思っているほど大妖精が高尚な存在ではないことに落胆しながらも、ユーキの奪還へと考えを巡らせ、質問を投げかける。


「ユーキは、どうやって見つける?」

「詳細は言えないが、我々エルフには森の中に侵入した他種族の気配を感じ取る魔法がある。今回はそれを使っているが、まだ反応はない。対象が動いていないか。或いは、大妖精が近くにいて感じ取れないか、だ」

「拒否された場合は?」

「それは言えないな。誰に聞かれているかわからない。特に、この妖精庭園は」


 いくつか確認していく中で、サクラはずっと地面の影を見つめながら何事かを考えていた。

 その姿があまりにも周りの雰囲気と異なったからだろう。近くにいたフランが周りの邪魔にならないようにと静かにサクラの横に移動してきて腰を下ろした。


「……どうしたの?」

「どうしたの、はこっちのセリフです。サクラさん、さっきから何か考えているみたいですけど、何かあったんですか?」

「……ちょっと、気になることがあってね」


 爪先を何度か上げ下げしながら上半身を前後に揺する。フランからすると、その気になることを話そうかどうか悩んでいるようにも見えた。


「もしよろしかったら、私にも教えてください。ユーキさんを助ける手がかりを思いつくかもしれません」

「多分、そういうものじゃないんだけど……聞いてもらっていいかな?」


 サクラは途切れ途切れになりながらもサクラは、フランへと話し始める。


「ユーキさんを保護したってことは、何かしら妖精さんから見たらユーキさんは困っているように見えたってことだよね? もしかしたら、妖精さんたちがどうにかしてくれるのかもしれないと思ったら、私たちはユーキさんからすると邪魔なんじゃないかなって」

「そ、れは……」


 想定していなかった答えにフランも言葉が詰まる。

 できるかどうかは別として、妖精が悩みや問題を解決してくれるのならば、無理矢理それを連れ戻すのは場合によっては迷惑かもしれない。そういう考えがフランの中に芽生えたが、すぐに首を振って否定する。


「よく考えてください。一週間するとユーキさんは戻ってこないかもしれないんですよ?」

「……ユーキさん。この国に来る前の記憶がないみたいなの」

「えっ……?」


 迷った末にサクラはフランへと告げた。

 記憶がない――――今まで何をしてきたのか、どうやってファンメル国に辿り着いたのか、自分の故郷がどこなのか。そう言ったことをサクラは淡々と告げた。


「だからね。もし、記憶が戻って故郷に帰れるのなら――――」

「――――それは無理だ」


 唐突にサクラの目の前から低い声が轟く。驚いて顔を上げるとチャドが目の前に立っていた。どこか、その顔には怒りの表情が浮かんでいるようにも見える。


「先ほども言っただろう。どんなに成長しようが所詮は妖精だ。できることには限度がある。そこの娘の言うように、さっさと見つけて出て行くのが一番だ」


 そう言うや否や、チャドは踵を返し、アンディの脇を通り抜けていく。


「休憩は終わりだ。今言った通りさっさと進むぞ」


 荒々しく小さなバッグを担ぐと脇目も振らず進んで行ってしまう。

 騎士たちは慌てて食料などを背負い直すと隊列を組みなおしていく。そんな中でフランはサクラに語りかけた。


「サクラさん。ユーキさんと二度と会えなくなるくらいなら、私たちで故郷を探してあげたり、記憶を取り戻すお手伝いをしてあげればいいじゃないですか」

「私たち、で?」

「そうですよ。それならば一緒にいられるし、そんな顔しなくても済みますよ」


 そう言われてサクラは自分の頬へと手を当てる。今、自分が酷いくらい元気のない強張った顔をしていることに気付いた。

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