消えぬ怒りⅡ

 勘違いとはいえ、それが原因で争いになっては本末転倒だ。クレアは焦ったようにユーキたちの方へと振り返ると、予想に反してユーキが笑顔で言った。


「そうですか。じゃあ、クレア。俺とサクラで他の所で、修繕場所探しておくから、次の場所教えてくれるか?」

「え? あ、うん。構わないけど」


 てっきり怒るか悲しむか。いずれにせよ、何かしらの反論があると思っていたクレアは、拍子抜けしてしまう。唖然としていると、そのどうでもよさそうな反応が勘に触ったのか店主が一歩前に出る。


「おい、何だその態度は」

「何か問題でも?」


 怒りの炎が背後に見えそうな店主に対して、冷静にサクラを庇うようにユーキは前に出る。

 この場にいるほとんどの人がユーキの笑顔で対応する姿に驚いていたが、フェイとウンディーネだけは不思議とそう思ってはいなかった。むしろ、この場にいる誰よりも危機感を抱いていた。


「(おい、何を考えてるんだ)」

「(まずいですね。ユーキさん、表面上は冷静ですけど、この体内の血と魔力の巡り様だと……かなり怒ってますね)」


 フェイが焦っていたところに、ウンディーネがテレパシーで他のメンバーに自身の声を届ける。


「ユーキ、オーウェンの時もあんな感じだった」

「そういえば……!?」


 アイリスに言われてサクラもユーキの対応に既視感を覚えていたことを思いだした。


「あのときは……自分には関係ないことで生徒会から因縁をつけられたから……」


 生徒会のメンバーとこんな雰囲気になった時との共通点と言えば、ユーキに非がない点だろう。

 そして、前回は真っ向から否定したのに対して、今回はすぐに退いた。サクラたちからすれば公爵家の人間と店の主人なら、むしろ対応が真逆の方だろうとさえ感じるところだ。


「問題大有りだ。おめえらのせいで、街もこんな有様だ。詫びの一つくらいあってもいいんじゃねえか?」

「勘違いしているようですが、俺は帝国ではなく和の国の人間です。そして、破壊した側ではなく。伯爵家の騎士たちと共に守った側です。あなたにお礼を言われることはあっても、非難されるいわれはありません。――――というわけで、クレア。次の目的の位置を教えてくれないかな?」


 一気にまくし立てて、店主が返答に困っている間に、ユーキはクレアへと場所をこたえるよう促す。

 視線が右往左往しているクレアが返答に窮していると店主が口を開きかけた。だが、その前にユーキの表情が一変した。


「あなたは俺たちに手伝ってほしくないんですよね? だから俺はそれに従うし、何の問題もない。要望通りにここから出て行ってやるから、!!」


 まるで魔物と向き合っているかのような殺気じみた威圧が放たれる。

 流石に店主も引くかと思われたが、逆にユーキの雰囲気に当てられたのか。額に青筋を浮かべて、さらに一歩詰め寄る。

 ユーキの身長は約百七十。それに対して、店主は百八十。その身長差は僅か十センチではあるが、体格だけで見れば、店主の威圧感がはるかに上である。


「小僧。いい度胸だ。親に目上への口の利き方は教わらなかったみてぇだな」

「恩を仇で返すような輩に使う言葉なんて、これで十分だ。他の住民にも迷惑がかかるんだ。砕けたスイカの汁でも被って、頭を冷やしてから出直して来い」


 ユーキは野菜や果物が散ったであろう染みの残った床を爪先で叩きながら睨みつけた。


「良い度胸だ。歯ぁ食いしばれ小僧!!」

「双方動くな!!」


 右拳を振り被った瞬間、クレアの一声で老騎士の剣が店主の前に、フェイの剣の腹がユーキの胸を抑えるように差し出された。


「落ち着け。彼の言っていることは事実だ。怒りの矛先を間違えるな」

「――――ちっ」


 数秒睨んだ後、舌打ちして三歩下がる。


「ユーキ、お前も軽率だぞ。死者はいないとはいえ、みんな神経を尖らせているんだ。そこを理解してくれ」

「――――お断りだ。その理屈が通るならば、帝国の人間に見える和の国の人間は、ここでは迫害されても構わないという風に捉えることができる」

「それは――――」

「クレア。軽率なのはどちらだ? これが俺たちじゃない和の国の人間だった場合、国際問題に発展するんじゃないのか?」


 ユーキに睨まれたクレアとそれを傍で見ていたフェイは息を飲んだ。

 それは二人がユーキの言葉に気圧されたからではない。ユーキの瞳が別人のように光を失っていたからだ。

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