第9章 深緑の妖精庭園

復興作業Ⅰ

 ユーキが目を覚ますと腕時計は既に朝の七時を指していた。

 丈夫さが売りの腕時計だったが、昨日の戦闘で樹脂のベルトが傷だらけになっている。それでも千切れずに、しっかりと腕に巻き付いているあたり運がいいのだろう。

 こちらの世界に持って来た数少ない自分の持ち物だ。その品をできれば失いたくないと思うのは当然な感情と言っていい。


「いってぇ……筋肉痛なのか架空神経の痛みなのかわからないけど、この痛みだけは勘弁してほしいな……」


 寝ぼけ眼を擦りながら体を起こすと、体の彼方此方から鈍痛が奔る。動けないほどではないが、活動に支障がないかと言われると微妙なところだ。少なくとも、この状態で戦闘などしたくない。


「両方ですね。あ、左手は怪我ですから、あまり動かさない様にしてください」


 胸元の石からウンディーネの声が響く。得意の治療魔法でユーキの怪我を治してくれたため、ほとんど跡が見当たらないが完治はしていない。その注意を聞きながらユーキは窓へと近づいて様子を見る。


「あの戦闘の後の復興……早すぎじゃない?」

「魔法を使っていますからね。でも、城壁は見た目だけで以前ほどの強度はないので注意が必要です。土魔法で作っただけの壁なんて、もともと有った岩に魔法をかけて積み上げた物よりも強度は劣りますから」


 ユーキもそれには納得できる。

 そもそも魔法は質量・エネルギー保存の法則に反しているように思えるからだ。ただ、土魔法は物質として質量が大きいせいか。地下の土が減って沈下するなどの現象も起きる。その為、一概に否定しきれていない所もあった。

 強度については修理している人たちも理解しているようで、材料が届くまでの一時凌ぎ用の壁として作っているらしい。


「でも、魔法ってすごいよな。あっという間に、あんな大きな穴が開いてた城壁を塞げるんだから」

「そうですね。少なくとも私は、破壊するよりも直す方が難しいと思っていますから。ユーキさんの考えには同意です」

「俺にもできることがあればいいんだけど」

「では、朝ごはんを食べてからは現場に向かってはどうですか? それに他の皆さんも同じことを考えそうですから、合流してから向かった方がいいかと」


 その案を採用しようと頷きかけた所、背後の扉がノックされた。

 ウンディーネは黙り、ユーキは返事をする。


「失礼します。おや、ユーキ様。既に起きてらっしゃいましたか。おはようございます。お体の方はいかがですか?」

「おはようございます。オースティンさん。体の方は……まぁ、あちこち痛みがする程度ですかね」

「それは良かったです。あのような大規模な戦闘の中で五体満足に帰ってこられただけでも幸運というもの。私も安心しました」


 寝ていないのかオースティンの目元に酷い隈が浮かんでいるが、彼はそれを感じさせないほどの笑顔と立ち振る舞いでユーキの前に立つ。


「お食事の用意ができております。既にクレア様とフェイ様は済ませられております。ユーキ様を始め、他の方々も食堂へと向かい始めているようでございます」

「そうですか。では身支度を整えていきますので、よろしくお願いします」

「わかりました。食堂でお待ちしております」


 頷いたオースティンは、それ以上は何も告げず部屋を出て行った。

 部屋の中に静寂が訪れ、窓の外から小鳥の鳴き声が響いてくる。その音を背にユーキは一言詠唱をすると体中が淡い青の光に包まれる。


「――――よし、一応、これで汚れは落ちたはずだけど。やっぱり、昨日風呂に入っておきたかったな」

「女子たちが入っておりましたし、無理ですね。ここは王都と違って温泉が出る量も少ないですし、男女の使う順番も交代にしなければなりません。入る気があったとしても、待っている間に気絶するように寝てしまうのが落ちでしょうな」

「ですね」


 肩を回しながらユーキは引き攣ってしまった筋肉を軽く伸ばす。体を修復させるためにも、体が栄養を欲していた。腹の虫が早く食堂へと急かすのに従って、ユーキは扉を開けて、食堂へと足を急がせる。

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