渾沌、七竅に死なずⅢ
「――――まさか、ね」
サクラの言葉をもう一度、自分の中で繰り返し考え直す中で、不意に一つの過程が浮かんだ。
「何かいい案でも?」
フェイがユーキの顔の変化に気付いたのか、目聡く聞いてきた。
ユーキは自身無さ気に頬をかきながら、渾沌を指差す。
「さっきみたいに、他の穴にも攻撃を撃ち込んだらどうなるのかな、って思って」
「君は何を言っているんだ。仰け反らせるくらいの威力はあったが、何もダメージは見られないぞ」
「そりゃあ、そうじゃないかな? だって、まだ六つ残ってるんだし」
何を言っているんだ、とフェイは言おうとして、ユーキの意図に気付いた。
「……まさか!?」
「そう、あいつの弱点は本当に今ある顔の穴だったりするんじゃないのか?」
胴や頭を攻撃しても変化はない。ダメージが多少通ったとしても、すぐに再生する。
しかし、四連発のガンドが皮膚に当たったときと、口から入ったガンドの時とでは明らかに様子が違った。それは、弱点から体内に初めてダメージが通ったからだろう。
「じゃあ、どっちにしろカウンターであいつに攻撃を食らわせるか、素早く動いている中で正確に射抜かなきゃいけない、ってことだね」
「それが無理なら、跡形もなく消し飛ばす、か」
クレアは苦笑いしながら告げる。
それは笑いたくもなるだろう。一度でも攻撃を食らえばアウトな状況で、誰が好き好んでカウンターを狙いに行くだろうか。あんなに素早く動き回る魔物を相手に数センチ単位の精密な攻撃をすることができるだろうか。
そして、肉片を残らず消し飛ばせるのならば、既にビクトリアもやっている。どれを選んでも厳しい戦いが予想されるのだ。
「口を開いた瞬間に顎を固定、尻尾や脚も同時に使えなくするような魔法を展開すれば、多少は安全に撃ち込むことができるわね」
どうやら、ビクトリアにはカウンターで攻める方がチャンスだと考えているようだ。
「あなたたち、あの口の大きさに魔法を全力で叩き込むのに何秒の詠唱が必要?」
「ガンドならほぼノータイムです。撃ち切ってしまうと十秒ほど装填時間が必要ですが」
「あたしたちなら早口で詠唱すれば五秒くらいかな? 魔力を高める分も合わせると十秒は欲しいけど」
マリーの言葉にサクラやアイリス、フランが頷く。クレアだけは自身無さげに杖を擦った。
ほんの少しだが、その手が震えている。
「剣しか使ってなかったあたしは、慣れてないからもう少しいるかも、でも、そこはみんなに合わせるさ」
「わかったわ。十秒程度なら何とか抑えきって見せる。でも何度も使えるわけじゃないし、魔力にも限りがある。チャンスは三回が限界かしら。後は誰がアレの前に出るか……」
ビクトリアの視線の先には、渾沌を殴り飛ばし続ける伯爵の姿があった。
「あの人も強いけど、流石に限度がある。疲労的に、この作戦の囮になってもらうには少し不安ね。囮を誰かしなければいけないかもしれない、となると……」
「僕が行きます」
「フェイ!?」
ビクトリアの言葉に迷うことなくフェイが進み出た。
「大丈夫です。例え上手くいかなくとも、最初の数分間逃げて時間を稼げれば、伯爵も休む時間があります。それに早さには自信があるので、噛みつかれる前に離脱もできますから」
「本当にいけるのか?」
「当たり前だ。君を背負ってもあれだけの速さで動いていたのは覚えているだろう? 重りさえなければ、もっと楽に動ける」
ユーキの言葉に頷くフェイだったが、その顔色は良くはない。だが、誰かがいかなければ、倒すことができない。その複雑な葛藤の果てにユーキの口から出た言葉は、一瞬、フェイを驚かせた。
「無理をするな。絶対に無傷で帰ってこいよ」
「……君にしては弱気だな。じゃあ、怪我をさせないためには、素早く倒してくれ」
フェイはそういうと周りを見渡した。
誰もが心配な顔で見つめていたが、クレアとマリーはその中でも、泣き出しそうな顔をしていた。
「大丈夫ですよ。必ず帰ってきますから、思いっきり魔法をぶっ放してください」
「あぁ、今までで一番の奴をぶちかましてやるぜ」
「任せて、フェイには傷一つ付けさせないから」
その言葉を聞いて、フェイは満足そうに頷くとビクトリアへと向き直った。
「奴の注意が僕に向いたら、こちらに向かって走り始めます。フォローをお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんよ。食べられそうなときは、適当な土魔法で吹き飛ばして時間を稼いであげるから、安心しなさい。そういう意味のやり直しならいくらでもききますから」
「わかりました。それでは、いってきます」
フェイは剣を引き抜くと僅かな重りすらも嫌って、鞘を投げ捨てて行く。
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