渾沌、七竅に死なずⅡ
「やらせるか!」
「やらせません!」
ユーキとウンディーネが、マリーと渾沌の間に割り込む。
ユーキが大きく開いた口の中へ、ガンドを叩き込み。ウンディーネが城壁の外を流れる水を使って、上空へと跳ね飛ばす。
空中に投げ出された渾沌の体がぼこぼこと歪んだ。まるで中で何度も何度も球が跳ね返っているかのように、あちこちがへこんだり、突き出たりを繰り返す。
「もしかして、体の中が弱点か!?」
それが事実ならば、攻撃するチャンスはかなり限られるが倒すことは可能だ。
ピンチがチャンスに変わった瞬間だと思ったが、ユーキの魔眼はそれを否定していた。
「ガンドが……吸収された……!?」
禍々しい黒と赤の染みの中に入ると数秒間は色と形を保っていたガンドだったが、それもすぐに消えていってしまった。どう見てもユーキには、ダメージを与えられているようには見えなかった。
「もう一度、距離を取るぞ!」
伯爵が空中で動きの止まっていた渾沌を再び弾き飛ばす。
その間にビクトリアは箒でユーキたちの下へと降り立った。
「マリー、大丈夫?」
「あ、あぁ、何とか。ユーキたちがいなかったら、胸から上が無くなってたところだぜ」
「まさか、物理攻撃も魔法攻撃も効かないとは思わなかったわ……」
「今、口の中から入った攻撃、効いてた」
アイリスが指摘するが、ビクトリアは首を振ってユーキへと顔を向ける。
「あなた。あの攻撃、効いていたと思う?」
「いえ、どちらかというと食われたという方が正しいかもしれません」
「もうここまで来たから聞くしかないわね。あなた、何の魔眼の持ち主かしら。あなたにはアレがどんなふうに見えているの?」
ビクトリアの質問にユーキは口を閉ざす。
何の魔眼かなんて自分が一番知りたいくらいだ。せめて伝えられるのは今見た光景くらい。付け加えられるならば、今までに見てきた極彩色の世界くらいだ。
信じてもらえるかはわからないと思いながら、ユーキは端的にそれを説明する。
「構成物質を色別に見分ける……いえ、物質の特性を色で識別している?」
「ただ、それだけだと説明できないこともあります」
「そうね。人ごとに色が違うのは何故なのか、人が見えない精霊種を何故見ることができるのか。疑問点は色々あるけれど……ウンディーネさん。あなたはわかるかしら?」
ウンディーネはビクトリアの問いに対し、渋々といった様子で口を開く。
「あなたの質問に答えるのは不本意ですけど、緊急事態なので我慢します。私にとっても魔眼という存在は珍しいものです。ですが精霊を捕捉できるほどの魔眼となると、余程精度の高い認識系統に属しているのではないでしょうか? 透視や未来視、最近会った人には過去視の魔眼を持っている人もいましたが、それとは別次元の魔眼でしょう」
その言葉にビクトリアは一瞬考えた後に杖を振るう。
ちょうど伯爵に向けて走って来ていた渾沌を左右から岩が圧し潰そうと迫り始めた。サンドウィッチのように挟まれた渾沌が四肢に力を入れて逃れようとする。
「どう? あの化け物の様子は?」
「何も……変わりません」
「じゃあ、これはどうかしら?」
先のとがった岩が形成されると弾丸のように撃ち出され、渾沌の表皮で砕け散っていく。
「奴の体に変化は――――!?」
――――ない。そう言おうとしてユーキは言いとどまった。確かに攻撃が当たった場所自体には一切の変化はない。
しかし、それ以外の他の部分が異様に蠢いていた。正確に言うと、攻撃が当たった部分に何かかが集まるような流れが存在していた。
「……攻撃が通じていないのではなく、目に映らないほどの早さで再生をしている?」
「なるほど、そうなると厄介ね。あの化け物、防御力が高い上で瞬間再生するなんて、ハッキリ言って、分が悪いにもほどがあるわ」
ビクトリアの杖を握る手に力が入る。
「で、でもビクトリア様なら何とか」
「できる、といいたいところだけど、私とは相性が最悪ね。広範囲最大火力を叩き出すのではなく、一点集中で持続的に攻撃を繰り出す方がアレを仕留めるには向いている。あるいは防御を貫いた上で、存在する核を跡形もなく消滅させるのがセオリーかしら」
「一点突破……?」
「そう。あなたのようなフィンの一撃を更に超える攻撃。それくらいの威力でなければ、あれを殺しきるのは無理。もう少し帝国の伝承に詳しければ、存在否定の概念を考えることもできるだけど」
存在否定の概念。
ユーキはその言葉に見覚えがあった。初級魔法の本の中に書かれていた内容だ。
古くから何度も現れる強い魔物には、特定の弱点が存在することが多い。一見、不死身に見える存在にも弱点が存在する。
ユーキの世界でも吸血鬼ならば心臓に杭を打ち、狼男には銀の弾丸を撃つといった対処法が存在していた。同じように、この世界でも伝承に出てくるような魔物や化け物には、同じような方法で倒すことができるという。それがどのような弱い魔法であろうとも、だ。
「でも、さっき言った通り、渾沌の死因は顔に七つの穴を開けられたことが原因です。だから、すでに顔が存在しているアレはどうやっても存在否定できません」
サクラが悔しそうに拳を握る。
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