開戦Ⅰ
「ふむ。三合火局の陣が破られかけている、だと?」
「はい、恐らく敵の中にもこちらの手の内を知る者がいた可能性が」
高将軍は必勝の策が破られたというのにあまり動じずにいた。
暗闇であるためか、その表情は伺えないがその声色は弾み、嬉しそうであった。
「ほう。我らと同郷の者がいたか。或いは、道術を研究されていたか。それとも、あの島国の道術士擬き共が紛れ込んでいたか。いずれにせよ、我々がやることは変わらぬ」
「それでは……」
「あぁ、進軍を続けよ。戦における最善手とは敵の乱れを見逃さず、素早く攻略することにあり。このような策で戦わずして勝つなど、武人としては肩透かしにもほどがある。それにここの伯爵は音に聞く勇将。一騎当千をも凌ぐ男。これで倒れるならば苦労はしないだろう」
松明すらも焚かず、高将軍の目の前の兵たちは歩み続ける。槍の石突を杖代わりに目の前の安全を確認し、ゆっくりと行軍していた。
「元々、この作戦も兄上から言われたから仕方なくとったまで。それが破れたのであれば、正面から戦うまでよ」
「道術士殿は、まだ策があるとのことでしたが?」
「構わん。好きにさせろ。その代わり、我が軍の邪魔だけはするなと伝えておけ」
「承知いたしました」
静かに去っていく伝令兵には見向きもせず、高将軍は溜息を吐いた。
「後で、吊るすか」
兄に言われたとはいえ、最終決定したのは自分だ。その自分の顔に泥を塗った道術士は当然生かしておくわけがない。
目の前の街を陥落させた後、即座に頸を刎ねて、門に遺体を吊るすつもりでいた。
「さて、戦争は勝った者が正義だ。間諜、破壊工作、夜襲に挟撃。武人としての誉れは大切ではあるが、将軍になった以上勝たねばならぬのが責務。卑怯と言ってくれるなよ」
歩みを止めた歩兵たちの先には寅を率いる先遣隊と道術士集団が陣を敷いていた。
高将軍は目を細めて城壁を見渡した後、近くの兵に目配せした。
「やれ」
「はっ」
伝令兵が松明に火をつけて大きく二度振る。
それを見た道術士部隊の隊長は号令を下した。
「総員、攻撃開始!」
「『火神 招来悪果 急々如律令!』」
「『風神 招来悪果 急々如律令!』」
膨大な魔力を人差し指と中指で挟んだ札へと通す。すると風に揺れ、揺らめいていた札が針金でも通したかのように真っ直ぐに伸びる。
道術士たちはそれを軽く前に放ると、矢よりもまっすぐに城壁へと飛んでいく。城壁にぶつかるまで十秒ほど。
城壁の上で待機している兵たちが気付くわけもなく、札は音もなく城壁へと迫る。
しかし、城壁の手前。川の向こう岸辺りまで来た瞬間、札の進む勢いが急に弱まった。
そして、その場に留まるとその札を中心に巨大な炎の球が生まれる。
「木生火。木を擦りて火を生むの意味だが、この場合は風を送りて火の勢いを増す、と言った方が適切だな。まぁ、これだけの道術士を動員したのだ。あの程度の岩の壁、結界が無ければ跡形もなく吹き飛んでいるだろう」
高将軍は火の勢いを増すなどと言ったが、数百人の道術士が同時に放つ風と火の魔法は、もはや爆発に近いものがあった。
遠目から見ても巨大な火球は夜空を明るく照らし、城壁を混乱に陥れた。
「さて、どれくらいの損害か」
「ほ、報告します。城壁は結界により保護されており、損害が見られません」
「続けろ」
「――――は?」
「聞こえなかったか? 続けろといったのだ。結界が張られているなど、もとより承知。さっさと結界を消費させ、城壁を吹き飛ばせと言っておるのだ。このノロマが。貴様も頸を落とされたいか!?」
高将軍が手を剣の柄へと近づける。
焦った兵はすぐに松明を二度三度、大きく振り回した。それを見た隊長は攻撃続行の命令を把握して、第二波、第三波と攻撃を命じる。
道術士の札はあらかじめ決められた貴重な材料を用いて、札に文字を書き、魔力を込める。そして、発動時には詠唱と共に追加で魔力を込めることで強力な魔法を行使できるのが特徴だ。
使い捨ての魔道具と言うことも考えれば、杖を使った魔法に比べて数倍の威力が出るのも当然。デメリットは、経費がかさむことと使い切ってしまった場合に攻撃手段が少なくなることだろう。
高将軍がイラつく中、五度目の火球が城壁を焦がした。
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