掃討作戦Ⅷ
大きさは自動車位ある。
ただでさえ、シャドウウルフに襲われたら危険だというのに、無防備な状態の人間が太刀打ちできるはずがない。
巨大な咢がフェイへと迫る中、ユーキは迷わずその前へと飛び込んだ。
魔眼からは小型のものよりも強い光を感じた。恐らく、大型になるにつれて内包している魔力や膂力が強くなるのだろう。
自分が先程倒したものよりも強い力が襲い来ることに怯えながらも、上段から剣を思いきり振り下ろす。対してシャドウウルフは首を捻り、その剣閃を紙一重で躱す。黒い毛がはらりと舞い散ることを視認する前にユーキへと狙いを変えた咢が迫る。
「があああああああああああああ!!」
咄嗟に出した左手が鋸のように鋭利な歯に挟まれる。
前腕と二の腕がシャドウウルフの左顎に引っ掛かるように噛まれてしまった。こうなってしまっては体重差のあるシャドウウルフに軍配が上がる。
ユーキはあっという間に左右へと振り回され、そのまま地面へと叩きつけられた。
痛みより熱さが腕を駆け巡り、遅れて痛みが広がり始める。
前脚で抑え込んでユーキを咥え直そうとするシャドウウルフ。その一瞬の隙をついて、ユーキはまだ動く右手で剣を突き出した。
下顎を貫かれ、距離をとるシャドウウルフ。崩れた体勢から放った一撃は、殺すには浅すぎた。
「くっそ……」
左肩から先の腕に力が入らない。コートで見えないが、その下では見るも悍ましい状態になっていると思うと恐怖よりも怒りが先に沸いてきた。
心臓の鼓動と共に痛みがこれ以上動くなと警鐘を鳴らしてくる。だが、それを無視してユーキは右手を振りかざす。
「やってくれたな。この野郎!!」
大声で叫び己を鼓舞する。
しかし、その状況は最悪だ。先程まで相対していた五匹のシャドウウルフも残った一人が手負いだと判断するや否や、フェイに向かって走り出した。
それに対し、ユーキは剣を一度離し、ポケットへと右手を突っ込んだ。
そこの中に入っているものを握りしめて、思いっきり振りかぶる。一つは目の前の中型の少し前の地面に。もう一つはフェイと五匹の間に。
地面へと丸い球体が接触すると間抜けな音を立てて小爆発を起こす。これは攻撃用のアイテムではない。一目見ただけだと煙が広がったくらいにしか見えず、しかも、色がほとんど薄い為、視界を塞ぐ効果としても中途半端なことは明らかだった。
ユーキは剣を拾い上げてフェイのところまで近寄る。
「おま、え……無茶を……」
「お互い様だ。こいつら倒したら、後は頼むぞ。多分、それまで意識が持つかわからないからな」
そう言ってユーキは右手をシャドウウルフに向ける。
前後どちらのシャドウウルフも踏み込んで来ない。いや、来れない。なぜなら、このシャドウウルフのような獣が持つ能力が仇となっているからだ。
「とりあえず咄嗟に思いついた臭い玉攻撃成功、か」
犬の嗅覚は人間の最大一億倍。人間が臭いと思う感覚の一億倍もの煙が立ち込める場所に自ら進めるはずがない。
実際に、その煙の中に突入しかけたシャドウウルフは跳び退る。あるものは鼻を抑え、あるものは煙に向かって吠え、またあるものは痙攣しているかのようにひっくり返って足をばたつかせる。
中型のシャドウウルフも口を大きく開けて吐きそうな動きをしている。
「じゃあ、さっさと地獄でケルベロスの配下にでもなってやがれ!」
その間に装填が完了したガンドをユーキは放った。小型五匹と中型一匹でちょうど六発。
シャドウウルフたちを臭いと言う苦しみから解放する。
「……あと、どれくらいかかる?」
「後少しです。そうしたら、ユーキさんの腕も治療するので待っててください」
「あぁ、頼ん――――」
ほっと一息つく間もなく、ユーキは痛みで気が失いそうになる。
しかし、それよりも先に目の端に閃光と遅れて音が聞こえてきた。
今いる場所とは反対側。つまり街の北東あたりの城壁が真っ赤に燃えていた。
「(北東――――寅の方角? まさか、蓮華帝国が攻めてきた!?)」
嫌な考えが脳裏を過ぎるが、既にユーキの痛みは限界だった。
左腕だけではない。噛まれたまま振り回されたせいで、あちこち打撲しているし、頭もぶつけている。むしろ、その状態で十数秒も戦闘を継続できた方が異常なのだ。
薄れゆく意識の中でウンディーネとフェイの声を聞いたのを最後に、ユーキの記憶はそこで途切れた。
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