黄金VS漆黒Ⅵ

 少女が倒れたことを確認すると、男はゆっくりと立ち上がり慎重に少女へと距離を縮めていく。いくら相手が満身創痍とはいえ、ユーキたちには手を出すこともできない。

 男は少女の首へ手を伸ばす。


「……何をするつもりだ?」

「…………」


 ユーキの声に触れかけた指先が寸前で止まる。

 相手は一瞬だけユーキを見つけ返すと、鼻で笑ったかのように肩を震わせた。止まった手を再度、少女へと伸ばして軽くつかむ。

 十数秒間、沈黙が流れる。男は首を掴んだまま、何もせず、ユーキたちは眼中にないといった様子だった。


「――――ここから、魔法を撃ってやろうぜ」

「だめだよ。マリー。あの倒れている子にも当たっちゃう」


 マリーが杖を構えるが、それを桜が止める。


「どっちも襲ってきたのには変わらないんだ。今ならまとめて……」

「彼女からすればアレは防衛行動みたいなものだよ。やりすぎではあるけどね」


 フェイもマリーを止めに入るが、マリーは納得がいかないのか顔を顰めた。杖を握る手には力が入り、その気になればいつでも魔法を放てる状態だろう。


「危険だから、逃げたほうがいい、かも」


 マリーとフェイが火花を散らす中で、アイリスがボソッと呟く。

 それを背中越しに聞きながら、ユーキは魔眼ごしに少女の様子を見ていた。黒い靄が少女へと絡みついていき、金色の光がモザイクのように薄れていく。


「――――――ぅ、――――って――――」


 微かに少女の唇から声が漏れた。ほんの一瞬、気づけるかどうかというわずかな時間ではあるが、黒い靄がピタリと動きを止めた。


「――――――はぁ!!」


 男の一声と共に黒い靄が茨のような形に変わり、少女の首を中心に胴や四肢へと絡みついていく。意識を失っていたはずの少女の目は見開かれ、この世のものとは思えない絶叫が地下室に響く。

 その凄惨極まる光景に思わずユーキは右手を動かしていた。


「その娘から離れろっ!」


 魔力の弾丸は狙いを外すことなく、男の頭部へと吸い込まれていく。首を掴んだままいた男は顔を上げるが、その額へ直撃して大きくのけ反った。少女の首から手を放しそのまま、十数センチ体を浮かして倒れ伏す。


「あたった!」

「よし、吹き飛んだぜ」

「(呆気なさすぎる。今まで掠りもしなかったのに何で……!?)」


 後ろから喜びの声が聞こえる一方で、勇輝は嫌な汗が背中を伝う。

 更にもう一発放とうかと照準を合わせた瞬間、倒れ伏した男が跳ね起きて、一気に後ろへと下がる。倒れていた場所には一拍遅れて、斬撃痕が刻まれた。更にその淵に沿って、石の床はひび割れていく。


「――――――ほう、いい勘してんじゃねぇか」

「父さん!」


 入口から姿を現したのは伯爵だった。その顔は鬼の形相といっても過言ではなかった。魔眼を開かずともその身から闘気が立ち上っているのが感じられる。一歩を踏み出すごとに空気が震えるのが肌でわかった。

 先程の少女の気迫も凄まじかったが、それすら児戯と思えるようなレベルの差を見せつけられる。


「そんじょそこらの間諜の類じゃねえな。一体何者だ?」


 マリーの言葉を聞き流し、男へと剣を向ける。巨大な鉄塊とも見れる巨剣を微動だにせずに、だ。それを見て、今まで頑なに開かなかった口を開いた。


「――――――――『月の八咫烏』」

「なんだとっ!?」


 短く響いた男の声は、余裕と自信に満ちていた伯爵の声を震わせた。ユーキは目配せをするが、フェイは首を横に振るだけだった。

 しかし、予想外にもその答えは後ろから帰ってきた。


には噂だけど、八咫烏と呼ばれる諜報機関が存在すると言われてるの。確か前に一度お触れが出たことがある。『月の八咫烏と名乗る者に注意しろ』って」


 マリーやフェイが息を飲む。サクラ自身は唇を青くしながら、男を見つめて言葉を紡ぐ。


「八咫烏は太陽の化身とされています。……だけど、とあの人は名乗りました。それは矛盾しています」

「あぁ、その通りだ。奴は元八咫烏所属の。太陽とは対極の存在だからな。それに――――」


 伯爵は巨剣を構えなおして、さらにプレッシャーを高めていく。その圧が高まるたびに見えない拍動が空気を震わせている。


「聞いた話だと、和の国のトップを暗殺しようとしたらしいじゃねぇか。今度はうちの国に手を出そうってか?」

「………………………」


 じりじりと伯爵は男へとにじり寄っていく。対して男はあれだけの戦闘後にも関わらず飄々とつかみどころがない。一歩も引くことなく、伯爵とユーキたちを見つめている。その不気味さに伯爵も剣の間合いから大きく離れているところで歩を止めた。

 膠着状態が続くとみられたが、驚くことに男のほうから口を開いた。


「私が用があるのは後ろで伸びている貴族だけだ。あとは知らん」

「伯爵家への侵入や騎士襲撃の件については、どう答えるつもりだ」

「さぁ? ご想像にお任せするよ」

「ふん、いずれにせよ。ここでの問答など信用ならんわ」

「こちらとしても、話す義理は無し。元より理解の得られるものとも思っていない」


 そう告げた男は、大きく下がるとフェリクスを片手で抱え込んだ。もう片方の手を地面に置くと短く一言。


「――――開け」

「させるかっ!」


 足元より烈風が吹き荒び、周囲の水を巻き込んで巨大な白い水の壁が出現した。

 それに呼応するかのようにコンマ数秒の差で伯爵の巨剣が竜巻を横一閃で両断する。白い壁が霧散し、天井の魔法石の光を乱反射していく。

 しかし、そこには血飛沫の紅はおろか影の一片すら残っていなかった。まるで、そこには最初から何もいなかったかのように。


「……逃がしたか」


 巨剣の雫を振り払いながら、伯爵の声が虚しく消えていった。

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