矛盾Ⅲ
腕の幻痛に顔をしかめるユーキや若干、顔を引きつらせるサクラとマリー。それに対して、頓着ない顔のフェイ&アイリス。
何故アイリスがそちら側なのだとツッコミたい気持ちが三人の中で生まれていたが、奇跡的に誰も言葉にはしなかった。
「確か近くに男爵の邸宅があったはず……。そこまで行ってみるのもどうかな。他の騎士の人たちも見回りがてら行くみたいなこといってたから」
「ま、まぁ遠くじゃないんだったら大丈夫かな」
一応、命が狙われる可能性があるマリーには家で大人しくしていた方がいいはずなのだが、フェイは逆に外へと連れ出そうとしている。フェイなりに何か考えはあるようだが、さすがにユーキは意見だけは述べておこうと口を出した。
「何のために学園が休みになったのか、と考えると出歩くのはやめた方がいいと思うけどな」
「ずっと屋敷に籠りきりになるのもよくないと思うぞ」
「いや、その屋敷にすら侵入した相手に警戒をした方がいいという話だよ。ただでさえ、騎士の人たちが怪我をしてるんだからさ」
「まぁ、確かにそうなんだが……」
フェイが冷静になり切れていないところがあるのが珍しかった。もう少し、冷静沈着で何事もスマートに解決できるイメージがユーキの中にはあった。
ここ数日の、連続する事件に色々疲れているのかもしれない。
「マリー、あんまり無理しないほうが……」
「いや、それなら俺も一緒に行こうか」
サクラの心配する背後から声がかかった。ローレンス伯爵が扉の影からぬっと姿を現したところだった。
「伯爵、よいのですか」
「あぁ、マリーだけじゃなく、フェイも気を張り詰めすぎだ。前よりましになった分、力が入りっぱなしだぞ。そんなんじゃ、まだまだお子様だな」
肩を竦めながら伯爵は歩いてくるとマリーとフェイの肩に手を置いた。
「まぁ、今回は相手が悪かったな。流石に俺も少し心配になる程度には……な。俺がいる間くらいは安心できるだろ」
「は、はい。ありがとうございます。伯爵」
「父さん……」
伯爵はマリーとフェイからユーキたち三人へと目を移した。
「君たちにも迷惑をかけた。うちの娘の近くにいたばかりにこんなことになって……。まだ危険が去ったわけじゃないが、今日くらいは俺が見ててやる」
「いえ、伯爵がクリフさんに声を掛けてくれたりしなければ確実に誰か死んでいました。感謝こそすれ、恨んだり責めたりすることはあり得ません」
「うん。ユーキが生きてたのは訓練のおかげ」
「そうです。それにマリーは友達です。何も迷惑じゃありません」
「そうか……。俺の娘はいい友達に恵まれたようだな」
ユーキ、アイリス、サクラの肩を叩きながら――――ユーキの時だけ威力が高かったのは気のせいではない――――伯爵は笑った。その目の下には隈がうっすら浮かんでいた。
部下の騎士だけでなく、自分の娘すら危険な中で過ごしてたにも関わらず、その表情自体はいつもとほとんど変わらない。
「それに俺もずっと部屋ン中で書類書かされまくって疲れてるんだ。な、わかるだろう?」
「伯爵、あなたまさか……」
「うむ、アンディに押し付けてきた」
伯爵の返事にフェイが頭を抱える。
前言撤回。この男は常に自己中心的な生き物だったようだ。それも権力があるから余計に質が悪い。
「さて、アンディが追いかけてこない内に出発するぞ」
「あ、ちょ……行っちゃったよ」
大声で笑いながら扉を開けて堂々と闊歩していく。間違いなく後で部下がキレるのはわかりきっていることなのだが、メイドも騎士も誰も止めようとしないし、止められない。ローレンス伯爵とはそういう存在なのだ。
慌てて追いかける騎士やユーキたちをしり目に伯爵は笑っていた。こんな状況にも関わらず心の底から笑っているかのようだった。
十数分歩いたところに、ゴルドー男爵の邸宅はある。ただ貴族にもランクがあり、ゴルドーは男爵の中でもかなり下にもかかわらずいろいろと無理をした生活をしていた、というのが王都内での評価であった。
さらに、先日の事件で下り坂だった信用は地に堕ち、誰も彼のことを心配する人はいなくなっていた。
そんな男爵の邸宅の近くまで行くと王国の騎士団が集まっているのが目に入る。伯爵を始めとして、他の騎士たちにもざわめきが広がった。
ユーキが敷地内に目を向けると、立派な柵の向こう側には少しばかり手入れが行き届いていない庭や人気の感じられない屋敷が見えた。
新聞の記事によれば弟と娘、本人の三名と数名のメイドと執事が住んでいる所だったはずなのだが、騎士団を出迎える者はなく、先頭の騎士が困りながら門を蹴り飛ばしている所だった。
「これは……いったい何の騒ぎだ」
「これはローレンス伯爵。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。我々はここの家宅捜索の任を受けて来ているのですが、門が開かなくて……」
「何? ここの使用人たちはどうしているんだ。一歩間違えれば反逆罪に問われかねんぞ」
「いえ、ここの使用人たちは一月以上前に解雇されておりまして、中には誰もいないのです」
「ではあの門のカギは……」
伯爵と騎士の一人の会話にみな首を傾げる。
――――屍人事件よりも前に使用人が解雇されていたのはおかしいのではないのだろうか。
屍人事件前には弟とその娘が屋敷内にいたはずだ。つまり、使用人がいなくなるということは、その二人の世話をする必要がなくなった、とも考えられる。
「なんか、きな臭い話になってきたな」
「そうだな。一体、あいつの目的はなんだったんだ?」
巷では不老不死を求めていたという噂が流れていたが、それとも関係があるのかもしれない。ユーキが思考に沈みかけると伯爵が一歩前に出た。いきなり現れた伯爵に門を蹴っていた男が驚いていると、伯爵は下がるように手で制した。
おもむろに自分の剣を抜き放つと――――
「ぬんっ!」
――――一閃。火花が散ると、閂と錠が真っ二つに割れて、門が軽く開く。
「……これで入れるようになったな」
「は、はい。ご、ご協力に、か感謝いたします」
魔法ありの世界だから当たり前のことなのかとユーキは考えていたが、どうやらこの世界でもその行為は常識外だったらしく、王都側の騎士は口が塞がっていなかった。
伯爵側の騎士たちも呆れた顔をする人が大勢いた。フェイ曰く、防御魔法の術式が練りこまれているはずなのに、魔法の付与なしの純粋物理攻撃で叩き割っているのは、どこからどうみても化け物の域らしい。
数秒間、時が静止していたが真っ先に我に返った隊長格の男が部下に指示を出すことでぞろぞろと、アトラクション待ちの行列のように敷地へと騎士が入っていく。
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