矛盾Ⅰ

「冒険者のユーキです。初めまして」

「うむ、まぁ座るがいい」


 席に着くと、目の前にはロジャーのコップが置かれていた。中身は白い液体で満たされている。

 無言の時が流れる。一分程度、待っていると先ほどのメイドが水差しとコップを持って現れた。ユーキの目の前にコップが置かれるのを見て、ロジャーは話し出す。


「まずは私の作品に目をつけてくれたことに感謝しよう。若造にしてはいい目を持っている。あの服には温度調節機構、魔力隠蔽兼貯蔵機構、自動修復機構などを取り付けている。私の自慢の作品だ。しかし、だ。君の書いたこの内容を見ろ――――」


 そういって、懐から取り出したのはユーキが返信した依頼書であった。それを読み上げながら、ロジャーは次第に早口になっていく。


「――――サイズ調節? そんなもの一瞬で終わる。対物理障壁に対魔法障壁? 元からつけている。出力に不満か。魔力貯蔵上限突破? まぁ、出力が上がるならば保存量も上げなければならんな。そこはわかる。魔力の完全な隠蔽? 今のが限界じゃ、精霊級でも防ぐ自信があるが一体何を隠す。体まで見えなくするとなると全く違う技術になるな。自動防御機構? 布がうねうね動いて他の場所をカバーするのか。だったら服が伸びるようにするか。もともと長いものを用意しないとな。身体強化の補助は……まぁ、可能かもしれん。出力先をいじればいいだけだし、問題はない。一番の規格外はこいつだ。アイテム収納機構? 時空間を捻じ曲げることができるなら、もっと効率がいい使い方があるだろう。おまけに入れることはできても、取り出すときに大変なことになるぞ。その他にも、出るわ出るわ荒唐無稽な発想の数々! そのコートができた時点で大金貨が吹っ飛ぶ値段がかかっているんだぞ。製作期間は一年以上! まぁ、理論を組み立てるのに半分以上使って実質の製作時間は短いことはこの際置いておく。とにかく、これだけの傑作によくここまでケチをつけれたもんだ、若造!」

「はぁ……」


 だったらモニターに出さなきゃいいじゃん、と出かかった言葉を飲み込んで相槌を打つ。


の作品に、ここまでよく注文をつけた、と言っているんだ。最近の若者は怖いもの知らずでいかん」


 魔術師ギルド――――魔法使いと錬金術師からなる組織、そのトップクラス。ここまできて、流石のユーキも緊張する。怖いもの知らずどころか。本当に知らなかったなんて言い訳は聞かないだろう。

 しかし、ロジャーはニヤッと笑って依頼書を懐にしまいなおす。


「実に面白い。久々に腕のなる課題が来た、と胸を高鳴らせてしまったよ。こんな無理難題を出してくるのは師匠か。ルーカスの奴くらいだ」


 てっきり、無茶苦茶な内容を書いたせいで怒鳴り込んできたのかと思ったら、その逆で滅茶苦茶褒められているので複雑な気分になるのは仕方ない。

 水を一杯飲んで喉を潤した後にユーキは疑問を口にした。


「それで結局、俺に何の用があるんですか?」

「そりゃ、決まってるだろう。課題が多すぎだ。一番欲しい機能を選べ。まずは優先順位をつけないとこちらも作業しにくい」

「あぁ、だったら……。対物と対魔法障壁、魔力貯蔵増加あたりですかね」

「もともとあるやつだから、それはどうとでもなる。他にはないのか」


 自分が書いた内容を思い出しながら、一つずつ考えていくと昔見た漫画の内容を思いついた。


「あのロジャーさん。って可能ですかね」

「ほう……」


 ユーキが新しく思いついた内容を聞かせると、ロジャーがだんだんニマニマと喜色満面になっていく。


「ほうほう、この機能を運用、いや、一つの機能で二つの効果を出せればいいのか。これが実現したら、とんでもないことになるぞ。そうだな、術式と材料をまずは考えるところからだな。取り寄せる期間も含めると……一ヶ月。作り直すのには時間はそこまでかからないな。とりあえず、設計が肝心だ。作り直すときには、その服を一度返してもらうことになるが構わないな!」

「はい、大丈夫だと思います」

「ふふふ、まさかこんなところで面白い発想に出会えるとは思わなかった。流石、私の傑作を――――」


 そういって、ユーキのコートに触れたロジャーの動きが止まる。眉根にだんだん皴が寄っていくが、その原因にユーキは思い当たらない。


「若造。このコートに薬品や魔法をかけた覚えはあるか」

「薬品はないと思います。魔法だったら……水の魔法とかを被ったり、(自分で撃った)ガンドとかを当ててしまったりしたことならあるかもしれません」

「ふむ、まぁいいだろう。では、私は今から自室に籠っていろいろと考えねばならん。準備ができ次第、連絡をするので、連絡が来たら一秒でも早く私の所へコートを持ってくるように! いいな!」


 納得がいかない顔のまま離れた後、ドアの方へ向かいながらロジャーはまくしたてる。

 最期の言葉を言うや否や、ドアを閉めるとものすごい勢いで走っていく音が聞こえてきた。何名かのメイドの悲鳴が響いたのも、気のせいではないだろう。

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