消える影Ⅴ
「――――なるほど、報告は以上か」
「はい、そうです」
伯爵はアンディの報告にため息をついた。昨夜の侵入時とは違い、騎士団相手には容赦なく攻撃を加えてきたことまでは許容範囲だった。
しかし、素手で鎧、人間の肩、そして石畳も貫くほどの力を持った相手というのは予想外だった。
アンディ曰く、中年騎士たちが運ばれた後、部下からの報告で気づくことができた。石畳には四本の穴が開いて血だまりになっていたために、気づきにくくはあったのだが。
「国王にも報告は上がっているだろうから、王都の警備レベルが上がるな。しかし、目の前で消えられるとなると一体どんな魔法を使ったんだ?」
「部下は手応えがなかったという証言もしています。既に幻覚を見せられていたのかもしれませんね」
推論を伯爵とアンディがいくつか考えていくが、どれも確定にはいたらない。幻覚魔法が一番の可能性があったが、中年騎士が体を貫かれている以上、完全な幻覚でもないからだ。
「しかし、よく全員生還できたものだ。肩を貫かれて失血死せずに生き延びるとはな」
「気絶間際にポーションを飲んでいたこともあったのでしょう。無意識下であれほど動けるとは、世の中には、様々な手練れがいるものです」
「そういう奴がいた方が、騎士団としては上手くいく。分隊長に収まる器じゃない、と俺は思うんだがな」
「そうだといいですが……」
「とりあえずご苦労だった。お前も疲れているだろう。少しばかり寝てこい」
「わかりました。失礼します」
アンディに労いの言葉をかけて、出ていくのを確認した後、伯爵は目を瞑った。頭の中で侵入者が潜みやすい建築物や場所、考えられる逃走経路を考えていく。そうなると、どうしても行き着いてしまう場所がある。
「……王都オアシスの影。スラムと下水道か」
この国にもスラムは存在する。
しかし、大国の中でもファンメル王国や和の国、あるいは聖教国のスラムだけは他の国と事情が違う。これらの国だけは、極貧層に対する教育、医療を支援し、国の税を割いて食糧も分け与えている。
他の国になるとそうはいかない。次の瞬間には倒れているかもしれない命のやり取りがあり、ごみや下水を漁る姿が当たり前となっている。そういう意味ではありえない扱いである。
ここまで聞くと、難民が押し寄せるかもしれないと考える者もいるが、それには別の対処がなされているので割愛する。
当然、スラムの人口密度は比較的高い。逆に言えば一人を見つけるには非常に難しくなる。おまけに、水路への侵入口が騎士団も把握できていない可能性がある。そういう意味では、捜索のしにくさがあった。
そして、スラムの人間は他所からの侵入に敏感だ。たとえそれが、配給などにくる騎士や治療に来る聖職者であってもだ。
逆に言えば、スラムの人間であれば普段スラムにいない人物を把握している可能性もある。伯爵はスラムにおけるメリット・デメリットを天秤にかけて、すぐに思考を戻した。
「(――――デメリットしかない)」
結論は早かった。どう考えても、スラムにおける騎士団の活動はどうしても後手に回ってしまう。下手をすればスラムの者から大勢犠牲者が出るかもしれない。
その先は、スラムからの蜂起。最悪、民衆には悪政が原因であると他国のスパイが言いふらし、それを理由に攻め込むことも――――それだけでは、攻め込む理由にはならないはずなのだが――――できなくはない。
「(いや、
思わず伯爵は頭に手を当てた。結局のところ、敵は単騎で国を相手取っている。そんな相手を野放しにしてはおけない。そして、それ以上に――――
「――――気に食わねぇ」
結局のところ、行き着く思考の終着駅はそこだった。自分の家を荒らし、恩師に迷惑をかけ、娘にも危害を加えようとした敵の存在を自分は許せない。
清廉潔白な騎士であれ、などと伯爵も他の騎士に言うことはなかった。人間なのだから感情があり、それ故に行動を起こすのだから抑えるよりも、その気持ちとの付き合い方を学んで行け、と。
そして、その言葉を口にしている伯爵が出した結論は――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます