消える影Ⅲ

「じゃあ、後はこの感覚に慣れていけばいいってこと?」

「はい。あ、でも最初は無理をしないで、いったん休憩!」


 ユーキはサクラに言われた通り、一度身体強化の魔法を解いて休憩を入れる。若干、体が重くなったような気がしたが、そこまで反動はないように感じられた。後は、この強化がどこまで使えるかだ。


「(瞬発力、持久力あたりは簡単に試せるけど、魔法や物理的なものに対する防御力って一歩間違えば危険だよなぁ)」


 頭の中にテスト項目と問題点を挙げていく中で、一番の不安はやはりことだった。弱い魔法でも武器でも当たり具合では瀕死になりかねない。運が悪ければ、そのままあの世行きである。

 ユーキは簡単にできそうな短距離走や持久走から始めよう、と考えたところで、マリーに背中を押される。先ほどの違和感が背中に広がったことに気付き、思わず振り向く。


「さて、二回目は上手くいくかな?」

「まじか……よ!」


 戸惑いながらも、先ほどと同じようにオドを全身に巡らせる。かなりスムーズにできたためか、体中の感覚への変化にも意識を向けることができた。対して、マリーの方は不意打ちしたにもかかわらず、簡単にクリアされてしまったことに驚いているのか。不満げな声で文句を言ってきた。


「おいおい、いくら何でも早くできすぎだぜ。こっちは一年がかりで練習してきたことを一瞬で追いつかれるんだ。先輩としての威厳がなくなるというかさ」

「そこは、むしろ胸を張っていいんじゃないか。先輩の教え方がうまいってさ」

「むー。そういうことにしておいてやるよ」


 マリーは釈然としない表情で額に手を当てた。本人的には、納得がいかないらしい。


「スムーズなオドの活性化は、緊急時の対処に役立ちます。何度も練習しておくことが大切って習いました」

「あくまで無いよりはマシ程度」


 サクラもアイリスも最初は驚いたものの、すぐに我に返り、ユーキへ次々と練習方法を教え始めた。練習方法はどこの家庭でも一緒のようで、最初にオンとオフの切り替えのスムーズさから始まり、一定量のオドの使い方を発火の魔法で学び、実践運用につなげていくらしい。

 そういう意味では、発火の魔法から入って、それを強化魔法を習わずにやり続けていたユーキのやり方とは順番が少し違うようだ。


「よし、こうなったらどこまでスムーズにできるか限界まで特訓しようじゃないか」


 いつものような意地悪な笑みを浮かべたマリーがユーキへビシッ、という効果音が付きそうな勢いで指をつきつける。――――一瞬だけ、ガンドが飛んでくるんじゃないか、とユーキが疑ったのは内緒だ。


「いや、その今はこれくらいでいいんじゃないかな。マリーさんや」

「いいや。こうなったら、とことん特訓して鍛えぬいてやる。後ろを向けユーキ! これからが本番だ」

「ちょっとお!?」


 この後、マリーの特訓はサクラとアイリスが止めるまで続いた。





 時は遡り、同日未明。伯爵家への侵入者の捜索が、伯爵家付の騎士団と王国の騎士団によって捜索されていた。


「こちら、第七分隊。異常発見できませんでした」

「第四分隊。同じく異常発見できず。――――くそったれ。逃げ足の速い奴だ」

「言葉遣いに気をつけなさい。どこで民が聞いているかわかりません。我々の行動で国王の名に傷をつけることになりますよ」

「――――アンディ。お前が言うな、と言わせてもらうぞ」


 何名かの騎士が中央の通りから外れた路地で話し合う。会話の様子からすると、王国騎士団の分隊と伯爵家のアンディが率いる分隊が合流して、互いに状況報告をしているところらしい。第四分隊を率いるちょび髭のずんぐりした中年男性はため息をして首を振った。


「しかし、伯爵家――――しかも、家に侵入するとは、よほどの手練れか。あるいは頭の中身が空の奴か。どちらにしても面倒なことになったな」

「そこは否定しません。ですが、問題はその侵入者が未だに捕まることはおろか、足取りさえ掴めていないことです」

「城門も城壁も怪しい奴は人っ子一人通っていないらしい。こいつは、まだこの都市にいるってことだ。ならば虱潰しに怪しいところを調べていくしかないな」


 中年男性は笑っているが、内心は焦っていた。

 この都市はかなり広く、言葉通り一つ一つ捜索していくと時間がかかる。かといって、捜索人数を増やすと検問を突破されかねない。それが双方の騎士団が理解しているところだった。

 本来ならば、そこまでの警戒はしないが、やはりローレンス伯爵家に対しての蛮行が騎士団自身に足枷をつけることになってしまっていた。もし、そこまで計算済みで単身侵入したのだとしたら、やはり相当の手練れと見なければならないだろう。


「よし、もう一度捜索だ。次は城壁に沿って行くぞ。もしかすると、城壁を抜けれなくて足が止まっているかもしれねえ」

「こちらも同行しましょう。一本、隣の道を行くので互いにフォローできるようにしておきましょう」

「了解。そっちの道は任せるぞ」


 どちらからともなく頷くと、鎧の音を最小限に二つの分隊は歩き出した。アンディ率いる第七分隊が西側を、中年男性が率いる第四分隊が中央の通りに近い東側の道を歩くことになった。

 建物の影が途切れるたびに、その隙間の道から月明りと松明に照らされたお互いの姿が確認できる。姿が見えるたびに、担当の騎士がハンドシグナルで状況を報告する。

 以前のグールの情報も共有されているためか、水路への警戒も余念がない。十数回繰り返し、先ほどの場所から城壁まで半分の距離を切ろうというときに、緊張が走った。アンディ側の先頭の騎士が歩みを止めて、後ろに手を向けた後、前方を指し示したのだ。


『(――――止まれ。前方に不審物)』


 すかさず、アンディが横にいた二名を指し示して、次いで前方に指を向ける。さらに、他のメンバーを指し示し、手をひっくり返して伏せるようにした。


『(――――君たち二人は前進。その他は待機)』


 全員が顔を縦に振るか、親指を上げて了解の意を示した。すぐさま、最初の二名が剣を前方の物体に向けて、じりじりと距離を詰める。一人は松明を掲げ、もう一人に前方が見えるように近づいていく。その後ろで、アンディは水路や屋根の上など様々なところへと視線を動かさず、視野の中へ違和感がないか気を研ぎ澄ました。


「(さて、ただの酔っぱらいで話が済めばいいですが……)」


 そんなアンディの思考が終わるかどうかというときに、前方に変化があった。

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