消える影Ⅱ

 ユーキの話を聞いたときに、まっさきに反応したのが赤髪の少女マリーだった。


「とりあえず、サクラ。そこに座れ」


 マリーがサクラへ、こめかみを引くつかせながら地面を指さして言う。思わずサクラは、正座でマリーの前に座ることになった。何か後ろめたいことがあるのか、寝癖がとり切れていない黒い髪を指先で弄りながら目を泳がせる。


「まさかとは思うけど……最初の魔法以外で教えたものがないなんてことはないよなぁ」

「そ、その……ごめんなさい」

「……サクラ。おっちょこちょいでも、今回はマズイ」


 サクラのマリーへの返答に、アイリスがフォローに回ろうと視線を右往左往させた挙句、その言葉が見つからなかった。天才少女と謳われる年下の少女にも言われて、サクラは完全に項垂れてしまった。


「いや、でもさ。俺っていつ会えるかわからなかった状態だし、サクラばかりが悪いわけじゃないよ」


 ユーキが何とかフォローに回ると、マリーはユーキにビシッと指を突き付けた。


「あんたもだよ。常識がないとは思っていたけど、ここまでの世間知らず……もとい記憶喪失だとは思わなかった。今すぐにでも、その体にオドの使い方叩き込んでやるよ」


 マリーの顔が悪戯するときの顔へと変わる。具体的に言うと、アイリスミサイルを発射するときのソレだ。

 アイリスもそれに気付き、若干引いてる。傍から見ると「え、このタイミングで!?」というような顔だ。ユーキ的にはそんなアイリスの顔を見れたことに驚きであるが。


「とりあえず、あたしたちが魔力を流し込むから、それを追い出すようにしてみな」


 言い終わるかどうかという内にユーキの背中側へ回り込んだマリーが魔力を流し始めた。サクラの時と違い、圧迫感を感じた。不安に感じたユーキは肩越しにマリーを見る。


「な……んだこれ?」

「あたしの魔力を波長とか調節せずに、そのままぶち込んでるんだ。違和感を感じているなら、さっさと押し返さないとね」

「……副作用とかないよな?」

「半日ぐらい疲労感が抜けないだけだよ。心配すんなって」


 そう笑い飛ばしたマリーの言葉を聞いて、ユーキも安心して前を向く。目を瞑り、背中の違和感を追い出すように力を籠める。


「んー。何かムラがあるというか。別のところでオドが無駄遣いされてないか。押し返される力が弱いぞ」

「足の裏とか、手とかは勝手に魔力が集まったり、出やすかったりするから注意」

「あと、頭の上とかからも抜け出すことが多いですよ。ほら……魂が抜けるみたいに」


 マリーの感想に、アイリスとサクラがアドバイスを付け加える。きっと彼女たちも始めて学んだ時に言われたことなのかもしれない、とユーキは考えながら魔力を操作する。背中側に力を入れるのをやめて、ユーキは一度、魔眼を開く。


「(確かに指先から漏れ出てるな。ガンドとかを撃ってるからか?)」


 ユーキが魔眼を開くと、人差し指から線香を束にして燃やしたときの煙のように、青紫のオドが立ち昇って消えていった。ユーキは水道の蛇口を閉めるように指先のオドの通り道を絞っていくと、漏れ出すオドが少しづつ消えていく。手の先には本当に薄い幕が張ったような感覚がある。実際に目を凝らしてみると、牛乳を温めたときにできるような薄い膜が手の表面に出ているようにも見えた。


「(この感覚を全身に――――!?)」

「うおぉぉっ!?」


 薄膜の感覚を指から手へ、手から腕へと繋げていこうと意識した瞬間に、全身がいきなりその感覚に包まれた。マリーは急にはじき出された自分の魔力に驚いて、数歩後ずさる。


「……できたのか?」

「いやいやいや、それは早すぎ」


 アイリスが、首を横にフルフルと振りながら答える。


「普通、こういうのは何回も繰り返して、ようやくできるようなものなんです。それこそ、赤ちゃんがハイハイから両足で歩けるようになるみたいに……」


 サクラがアイリスの言葉を補足する。どうやらユーキは発火の魔法で試行錯誤していた時とは逆で、すごい早さで習得したらしい。

 だが、ユーキ自身には違和感があった。


「(なんだ。この違和感のなさは……。俺はこの感覚を?)」


 違和感がないことへの違和感がユーキを襲った。自分の意志ではない何かに、自然を装って無理やり行わされたようで恐怖すら感じた。

 戸惑い、思考の海に埋没していたユーキの肩をマリーが叩く。振り返るといい笑顔でマリーが立っていた。正直なところ、先ほどまでの恐怖もあってか、マリーが若干怖く見えた、とは口が裂けても言えない。


「何だよ。やればできるじゃないか。でも、初歩的な部分だから常に使えるように気を付けておくといいぜ」

「常にこの状態じゃダメなのか?」

「悪くはないですが、魔力の総生産量を上回る状態で魔力を使っていると、当然身体的に向上した分だけ使われますから、最初の内は無理をしない方がいいと思います。最初は一分。次は二分。と少しずつ増やしていくつもりでやるといいです」

「魔法が得意な人とか、センスがある人は寝てても維持できる……らしい。まずは動かず維持の練習からがオススメ」


 ユーキはサクラとアイリスの答えを聞いて、なるほどと思った。あくまでこの状態は、通常よりオドを無理やり増やしているのだから、先ほどのフェイが言った柔軟性やら筋力やらに使った分だけオドが消費される、ということらしい。

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