剣閃煌くⅤ

 鍛錬施設の一角――――すなわちトイレだが――――で壮大なリバースを繰り広げる男を傍らに、フェイは入り口で深くため息をついた。


「まったく……日ごろから鍛えてないから、そんな姿をさらす羽目になるんだ。自業自得だよ」

「あのな。背中くらい擦る優しさがあってもいい――――」


 ユーキが言い切る前にリバース・セカンドシーズンが押し寄せてくる。フェイは眉根と頬を痙攣させながら応答する。


「逆にここまで案内してあげたことへの礼をもらいたいところだよ。評価を改めようと思ったが、先送りだね。ほら、そこに水桶置いといたから、さっさと洗って」

「――――悪い。助かった」

「次は助けないから、自分で何とかしてくれ」


 サードシーズンの放出は無期限停止になったようで、数分後にユーキはフェイの用意した水で顔を洗うことになる。出すものがなかった分、逆に胸から胃にかけて痛みが増したようで、なかなか治まらない。

 思わず胸を擦っているとフェイが横目でユーキを見つめてくる。


「どうしたんだ」

「さっきの技について聞きたいんだよ。あれは僕たちが使っている剣術の技の一つに酷似している。それが気になって仕方ないんだ」

「あぁ、あれか。その場の思い付きでやった――――って言いたいところだけど、半分はお前の言う情報収集も戦いの内ってやつさ」

「なに……?」


 ユーキは腕を組んで、フェイの反対側の壁に寄りかかって、先ほどの戦いを思い出し始めた。


















「(袈裟斬り――――からの首狩りっ! 次は小手っ!?)」


 魔眼で先読みができても防ぐのは体だ。剣が打ち合わさった瞬間に、接点を起点として逆側に一秒とかからず閃光が奔る。

 型とか構えとか関係なく、閃光を叩き落す勢いで剣を振るい、何とか生き延びる。

 どうやら力は、ユーキの方が上だが、対するフェイは無理やり剣を跳ね除けるのではなく、受け流すようにして攻撃を仕掛けてくる。


「(あぁ、ちくしょう。早すぎて防ぐので精いっぱい。反撃なんてする暇もない。この瞬間、一撃一撃を返すのが限界だ)」


 ほんの数秒の打ち合いにも関わらず、頭や体に酸素が回らない。打ち合うたびに口の端から息が漏れていく。

 数回の連続攻撃を防ぎ、ユーキが何とか一度距離を取るとすぐにフェイが攻撃を仕掛けてくるので休む暇もない。

 そんな攻防を何度も繰り返された頃には、肩で息をしてしまう程度には疲れてしまっていた。


「(さっきから、一撃目はずっと袈裟斬り。狙うならそこしかないけど、どうやって懐に飛び込む)」


 離れた一瞬の間に、反撃の方法を考える。先制攻撃はリーチ差から不利。狙うならば自分がされたようにカウンターで返すべきだが、おそらく対策はされるだろう。

 七度目の攻防を凌ぎきり、視界が歪む。先読みとしての魔眼使用は負担が大きいのか。頭痛も酷くなる一方だ。

 少しずつ、光の感覚も狭まってきていて、先読みが難しくなる。そんなことを考えているとフェイがまた突っ込んでくる。


「(くっ……袈裟斬りが重い。受け止めてからでは反撃に遅れる。どうすれば……)」


 思考がまとまらず時間がだけが過ぎて、体力が削られていく。だが不思議と攻撃から逃げ切るたびに、自分の中で喜びの気持ちが昂るのを感じる。


「(なんだよ。手も足も出ないのに、なんで俺はこんなに楽しんでるんだろうな?)」


 フェイが飛び退くと同時にユーキは自然と笑みが出る。フェイは間違いなく、自分より格上の相手だ。だからこそ、その相手に喰らいつくのが楽しい。追いつくのが気持ちいい。そんな感情がどんどん湧いてくる。


「(まだやれる。とことん最後までやりきって、準備運動のように余裕かましていたお前を――――)」


 そこまで思考して、ふと思いつく。始める前に見たフェイの何気ない動き。剣の刃の部分を握ってストレッチしていた光景。それが自分の中でパズルの最後のピースのようにぴたりと嵌る感覚があった。


「(支える場所を変えて、剣を俺の鍔元で跳ね上げれば、どんなにアイツが攻撃を仕掛ける側でも俺の方がうまく返せるはず。そのまま、体が伸びたところを狙ってやる)」


 次の瞬間、フェイが今までと同じように斜め上から袈裟斬りに振り下ろしてきた。ユーキは左手を峰に添えて、鍔元で受け止めた瞬間、右足を踏み込んで右手を相手の剣ごと振り上げた。


「(くっ、相手の剣の回転よりも速く逸らさないとやられる)」


 ほんの一瞬、ユーキの中に焦りが生まれた。もともと二撃目は一撃目と逆側になるように放たれているのだ。それに対して、ユーキの跳ね上げが加わり、今までよりも早く迫る。思わずユーキは魔眼を通して映る、自分の胴へ迫る閃光から身を反らし、、跳ね上げた右手を相手の剣と一緒に下げて押さえつけた。

 もはや、それは思考ではどうすることもできなかった。攻勢に出たと思った行動は、すべて反射的に身を守ろうとする行動に置き換えられる。


「(あ……)」


 しかし、不思議なことに、気づけばユーキの左手を添えた切っ先がフェイの喉へと向けられていた。

 後になってユーキは理解したのだが、カウンターにも種類がある。相手の攻撃を躱して放つもの、相手の攻撃の動作よりなお早く出鼻を挫くように放つもの。そして、相手の攻撃を受け流して放つもの。今回でいえば三つ目の種類にあたるものだった。

 相手の攻撃を察知して出鼻を挫くには、気の遠くなるような鍛錬と対人戦等の経験がなければ難しい。

 しかし、今回の場合は、運よく防ごうと反射的に動いた結果が、偶然カウンターの型にはまってしまったようだ。


















 ユーキは魔眼のことをふせて、フェイに最後の技の部分だけを説明した。フェイは片手で頭を抱えると苦笑いした。


「なるほど、あの何気ない動作で剣の握る位置の固定観念から抜け出したか。これは情報収集ではなく、君の発想力の勝利だな。だからといって、完璧にカウンターを決められたのは悔しいけどね」

「ただのまぐれだよ」

「まぐれも運も実力の内。戦場じゃ生き残った者が勝ちだ。もちろん、数の多い少ないは別の話だけどね」

「そういうことにさせてもらうよ」


 お互いに妥協点を見つけたところで、どちらからともなく握手をする。まだ若いせいか、あまりゴツゴツとした手ではなかったが、フェイの手は普段の努力のたまものかマメの硬さが感じ取れた。手を放して、元いた場所へ歩を進める。


「とりあえず、さっきへばってた時よりは見直してくれるかな」

「あれは、鍛錬場で情けない姿を見せた君にイラついていただけだ。普段は、あんなふうに言わないよ」

「あぁ、それは悪いことしたな。へばらないように善処するよ」

「どうだか。明日には筋肉痛で動けない、とか言ってへばってそうだけどね」

「あー、あり得る」


 談笑しながら歩いていくと、伯爵が試合開始前の悪い顔のまま話しかけてきた。尤も、本人は面白ことがあって仕方なかったという表情のつもりなのだろう。

 ただ、傍にアンディがいる以上、そこまでひどいことにはならないだろう。


「調子は戻ったか。さっきはなかなか面白いものを見せてもらった。まさか俺たちと同じ技を使われるとは思ってなかったからな」

「彼にも言いましたが偶然ですよ。ただ、もしかしたら刀の使い方でも似たようなやり方はあるかもしれませんが」

「ふむ。同じ形状のものを使う以上、行き着くところも似たものになるのかもしれんな」


 伯爵の言葉にユーキも頷く。刀でできることは剣でもできるし、剣でできることは刀でもできる可能性がある。もちろん、できないこともあるだろうが技術としては取り入れることができそうなこともありそうだ。


「そうですね。残念ながら基本的な技以外は何も知らない身なので、参考に見せる技がないのが残念です」

「いや、構わん。先ほどみたく、とっさに出る技が刀としての特性を活かした技にならないとも限らん。今後に期待する」

「(あれ? これからもずっと訓練に出ろってことか)」


 伯爵に言葉に戸惑っているとアンディから助け船が出る。


「伯爵。あくまで彼が来るのは、今日限りと伝えてあります。今後の参加は彼の意思に委ねるべきです。もちろん、脅しはなしの方向で」


 意思を委ねるという言葉に、伯爵が口を開こうとしたがアンディの続く言葉で口を閉じたのは、軽くとはいえ本当に脅すつもりがあったのかもしれない。ユーキの隣にいたフェイが笑いながら伯爵の代わりに口を開く。


「僕も君が来てくれると嬉しい。ほら同年代って、あまり触れ合う機会がないからさ」

「そうだな。俺も剣術は学ぶつもりでいたし、伯爵が王都にいる間は生活に支障が出ない範囲で参加するよ」

「本当か。よっし、じゃあこの後の鍛錬も張り切っていこう」

「げっ。もうちょっと休憩を……」

「何を言ってるんだ。善は急げって君の国では言うんだろ。さぁ、どんどん行くぞ」

「ちょっと、待ってくれぇ」


 ユーキはフェイに腕を引っ張られ、鍛錬場中央に引っ張られていく。そんな様子を伯爵以下、配下の兵がほほえましく見守るのだった。

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