第3話

それから桜井は昼も山本の家に来るようになった。


「桜井さん、さすがにこれは職務怠慢じゃないですか?」


「いいのよ。そんなに長い時間じゃないし。それより私のことは日奈子って呼んでくれません?」


「え?構わないですけど。せめて日奈子さんにしてください。」


「わかったわ。じゃあ私も山本さんを大悟さんって呼んでいいかしら?」


「全然大丈夫ですよ。それより私はそろそろ就職活動に本腰を入れたいんですけど、どうすればいいですかね?」


「そうね。この水島じゃ沢山の企業があるわ。その中でも下請けの下請けなどがあるから、そういうところを探したらいいかもしれないわ。」


「そうですか。こんど職安に行ってみます。しかしこの辺りは交通の便が悪いですよね。職安に行くのも一苦労ですよ。」


「そうね。今度の金曜日に私が有給取るから、私の車で一緒に行かない?」


「え?そこまではさすがにしていただけませんよ。」


「いいのよ、大悟さん。せめて私にだけは甘えてもいいのよ。」


「そういうものなんですか?警察官というものは?」


「そうよ。そんなものよ。」


と何かしら誘導されるかのように山本は桜井の成すがままにされるのであった。


そして金曜日


「コンコンコン」


山本の部屋を桜井がノックした。しかし起きるそぶりがないから桜井は山本に電話をした。


「トゥルルルルルル」


七回目のベルが鳴って山本は携帯を取った。


「桜井さん?ああ、日奈子さん?今何時?まだ6時じゃないですか。ん?朝ごはん?ああ、ちょっと待ってください。今鍵を開けます。」


「おはよう!大悟さん!」


ドアを開けると桜井がニコニコしていた。今日という日をとても楽しみに待っていたみたいだ。


「さ、朝食を作るわ!大悟さんは顔洗って歯磨きしてきて!」


「はーい。」


なんとも仲睦まじい二人の構図である。


朝食ができたようだ。それはご飯に味噌汁、焼き鮭に納豆。絵に描いたような朝食だった。


「さ、いただきましょう。大悟さん好き嫌いは大丈夫?」


「大丈夫です。ほとんどなんでも食べられます。それよりも美味しそうです。」


「それじゃあいただきます。」


「いただきます。」


朝食を食べながら桜井が


「今日は職安行った後は、どうします?」


「どうするって、それは私も考えてませんでしたよ。」


「渋川の方に海でも見に行かない?」


「ああ、いいですね。そうしましょう。でもまずは職安です。」


「そうね。大悟さんの未来がかかってますからね。」


と朝食を終え、しばらく職安が開くまで時間があるため、二人テレビを見ていた。


「今日の占いのトップは射手座です!牡牛座の方と縁があるかも」


とテレビの占いがやっていた。


「あ、私は射手座なんですよ。牡牛座の人か...。」


「私、牡牛座よ!大悟さんと相性があるのかも!」


「そうなんですか。日奈子さんは誕生日いつですか?」


「5月13日ですよ。大悟さんは?」


「12月16日です。」


「そうなのね。私達はいいパートナーかもね。なんてね。フフ。」


「(いったい日奈子さんは何を考えているのだろうか?こんな前科者の私に本当に?いや、それは考えるな。私にその権利はない。)」


などと山本は考えるのであった。


「さて、そろそろハローワークへ行きましょ。もう開く時間よ。」


「そうですね。行きましょうか。運転お願いします。」


そう言って二人は職安に向かった。


職安に着き、桜井は山本に付き添った。


「じゃあ、私も検索するから、後で二人で考えましょう。」


「わかりました。よろしくお願いします。」


そうして二人求人票を検索した。そしてそれらを精査するのであった。


「この屑鉄を集める仕事なんて良さそうだと思うんですけど、日奈子さん、どう思います?」


「そうね。これなら前科があろうがなかろうがそこまで深く追求されることもなさそうね。取り合えず一度家に持ち帰りましょう。」


「わかりました。これからお昼にふじわらにいきませんか?今回は私がおごりますよ!」


「それはダメ。せめて割り勘ね。それでいいでしょ?」


「わかりました。今度働きだしたらおごらせてください。」


「その時はよろしくね。」


ふじわらに着いて昼食を取ることに。ここは食事よりもどちらかというとスイーツの方が有名である。そんな無骨な男には似合いそうにないが、桜井に合わせて山本がチョイスした店だった。


「それにしても大悟さんがこのようなお店に選ぶのはやっぱり私に気を使ったかな?」


と桜井は意地悪にそう山本に尋ねると、


「いやはや、私の浅はかな知恵ではこのようなことしか思い浮かばず、この周囲のお店の情報も良く知らないんです。私が良く知っているお店がここだけなんですよ。」


「フフ。そうなのね。でも嬉しいわ。なんだか時間が滑らかに進む感じがする。」


「そうですか?良かったです。」


二人は少しだけ話をして


「さて、大悟さん、渋川に行きますか?」


「行きましょう。」


車で片道1時間ほどの距離である。二人は道中そんなに話すことはなかった。この二人には会話をすることはなくても、どことなく通じるものがあるのだ。沈黙でも安心感あるのだ。


そして渋川の海岸に着き、


「風が気持ちいい!」


と桜井が晴れ晴れしく伸びをした。


「そうですね。こんなに晴天だと島々も綺麗に映え(はえ)ますね。」


「私はなんだか今日は非日常的な日だと思ってしまうわ。雑多な毎日を忘れさせてくれる。これも大悟さんのおかげかな?」


「そうですか?そう言っていただけると嬉しいです!私はずっと日奈子さんにお世話になりっぱなしだし。」


「ねぇ、大悟さん、私の彼氏になってくれない?」


「え?」


波の音で聞き間違えたのかと思ったが、確かに聞こえたものだ。


「少し考えさせてください。私が相応な人間なのか私にはわかりません。まだ自身もありません。私が我欲のままに任せるとこのまま日奈子さんを抱いてしまうでしょう。しかし私にも理性が今は必要なんです。刑務所から出てきて、これから全うな道を歩いて行くために。」


「そう...。わかったわ。答えは待つわ。でも今まで通り食事は作らさせて。それがせめての譲歩よ。」


「わかりました。」


二人はしばらく海をみて、帰路につくのであった。

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