第127話 狙われたのは




 ルシオを見失った2人の騎士達の内の1人は、宮殿に戻って応援部隊の要請をした。


 こんな事は前代未聞の事で。

 国王サイラスは騎士団に出動の命令を出した。


 カールを捜査の指揮官に命じて。



「 カール様! この飲み屋が怪しいです 」

 この近辺の家々のドアを、片っぱしから叩いて中を確認していったが、老婆のいる飲み屋だけが留守だった。


 勿論、住民には王太子殿下を探しているとは言ってはいないが。



 留守だからと立ち去ろうとしたら、カーテンから外を覗いている老婆と目があったのだから、居留守を使っているのは確実で。


 決して単独では行動してはいけない事は騎士団の鉄則だ。

 単独で行動をして、そこで捕まったり殺されたりすれば、その後の捜査がそこで途絶えてしまう事になるからで。



 ルシオを見失った騎士は、今すぐ飲み屋に踏み込みたいのを我慢して、一日千秋の思いで応援部隊が到着するのを待っていたのだった。


 ルシオとソアラの無事をひたすら願いながら。



 騎士と一緒に飲み屋に踏み込んだカールだったが、老婆を問い詰めた所、急に暴れ出したと言う。


 すったもんだの末にハーパーのアジトを聞き出し、そこへ向かうとアキレス腱を切られたハーパーと、その横で泣き叫んでいるエマがいた。



 エマからルシオの無事を確認した。

 エマがこのアジトに来た時は、ルシオは目を覚ましていた事を。


「 殿下は無事だったぞ! 」

 老婆から、催眠剤と痺れ薬の入った飲み物を飲んだと聞き、死ぬ程心配したが。



 エマはあっさりとルシオの向かった先を喋った。

 ルシオにアキレス腱を切られたハーパーの手当てをして貰いたくて。


 悪党のくせに親子の情はあるみたいだ。



「 ルシオ様の追い掛けた女は誰なの? 」

 カールはエマの問いには答えなかった。


 王太子の婚約者が誘拐されるなんて事はあってはならない事。

 知らないなら好都合だと判断した。



「 こいつに死なれたら困るから、手当てをしろ! 」

 カールは足を押さえて唸っているハーパーを指差しながら騎士に命じた。


 この男はどうせ処刑されるのだが、これから取り調べをする為にも死なせる訳にはいかないのだ。


 このアジトにある沢山の密輸品を今直ぐに押収したい所だが、今は殿下とソアラ様の行方を追うのが先決だ。



 叩けば埃が出る筈だ。

 後からじっくり調べてやる。



 いや、埃どころか……

 この後、とんでもない事態になって行くのだが。



 カール達は先を急いだ。


 そうして……

 エマから教えられた下男の家に行く途中で、ルシオが男達と対峙する場面に出くわしたのだった。




 ***




 ルシオとソアラの変装お忍びデートは、散々な結果で終わったが。

 その変わりに、他国にまで及ぶ大規模な犯罪組織の実態が露になった。


 隣国マクセント王国と、海の向こうのガルト王国にあるこの組織のアジトが芋づる式に炙り出され、その組織の関係者達が次々に捕縛されると言う事になった。



『 ドルーア王国の王太子殿下が自ら囮になった 』


『 危険を省みず先頭に立って国の為に動く素晴らしい王太子殿下 』


『 麗しの王太子殿下は勇気と行動力のある素敵な王子様 』



 ランドリア宰相はこの一連の過程を、『捜査の一環』として公表した事から連日の新聞のトップページを賑わした。


 国民は王太子ルシオの活躍に大いに熱狂した。



 ルシオとソアラの誘拐を、捜査として発表した事から、ルシオと一緒にいたのは女性捜査員だと言う事になった。


 事件の関係者の皆が、ソアラだと気付いていなかった事も幸いして。


 こうして王太子ルシオの名声は、ドルーア王国だけでなく世界に浸透する事となった。

 その類い稀な美しい様相と共に。



 そして……

 この大捕物劇では思わぬ事が明らかになった。


 リリアベルを誘拐しようとした酔っ払いの男達に、ソアラの誘拐を依頼した男が、ソアラを誘拐した御者。


 つまり……

 あの、リリアベル誘拐未遂事件の首謀者は、ハーパーの下男である事が、彼の自供とエマの自供で判明した。



 ランドリアの思惑通りにやはりこの事件は、一連の女性の誘拐事件と関係があったのである。


 そして……

 下男にソアラの誘拐を依頼したのは他でもないエマだった。



 アメリアに断罪され学園を追われたエマは、ハーパー家に引き取られて一年も経たずに、ハーパー家は破産に追い込まれ、住む家も無くなった。


 アメリアの父親のサウス公爵の力によって。


 その恨みは相当のものだったが。

 それは今回の、ルシオとの婚約者候補を取り止めになった事で晴らされた。



「 ざまあみろだわ。私とルシオ様の仲を邪魔したから、ルシオ様から嫌われたんだわ 」

 エマからすれば……

 嫉妬に狂った公爵令嬢が、王太子と男爵令嬢の恋に横恋慕をしたと言う認識だ。


 それは父親であるハーパーと同じで。



「 小説みたいにはならなかったけども…… 」

 その小説は、今流行りの『 王太子の真実の愛 』と言う小説だ。


 王太子が恋をした男爵令嬢を、王太子の婚約者である公爵令嬢が嫉妬で虐め抜いた事から、王太子から婚約破棄をされると言うざまあ系の小説である。



 その後男爵令嬢が王太子妃となり、幸せに暮らすと言うあり得ない小説なのだが。


 エマはその結末を信じていた。


 ルシオ様は私を迎えに来てくれると、ずっと待っていたのだ。



 しかしだ。

 王命によって選ばれたの伯爵令嬢。


 婚約者が、自分と同い年で経理部の女官だと聞けば、エマはその令嬢がだと思い込んだ。



 学園に入って直ぐの頃、エマはルーナの存在を知った。


 裏庭に呼び出され、上級生達に戒められているルーナを目撃したのだ。

 エマのいる特別室は、裏庭がよく見える場所にある事から。



 貴族の女は本当に高慢な女ばかりね。

 あの女よりも、私の方が可愛いから気を付けなくっちゃ。


 華やかな貴族の世界の裏の部分を初めて見た事から、エマはルーナの事が印象に残った。



 その時……

 ルーナの横には、ルーナを庇って上級生達から水を掛けられていたソアラがいたのだが。

 しかしエマは、ソアラの事は全く気にも止めなかった。


 自分と同じ匂いのするルーナばかりを見ていて。



 それからはエマはルーナに注視するようになった。

 自分と同じようなキャラ。

 貴族の女でも、男にベタベタしても構わないのねと思った。


 エマが……

 ルシオに所構わず抱き付いたり、腕を絡ませる事をしたのは、ある意味ルーナを見ていたせいでもあった。



 あんな下品な令嬢がルシオ様の婚約者?

 顔のレベルだって私と変わらないのに。


 ルーナがルシオの婚約者になったと思い込んでいたエマは、モンモンとした毎日を過ごしていた。




 ***




 リリアベルの誘拐未遂事件が起こったその日。


 現場となったスイーツ店には、王太子が婚約者とデートをしていると聞き付けた人々によって、かなりの人だかりが出来ていた。


 その人だかりの中に、エマと下男がいたのである。



 窓から見えるのは王太子殿下の婚約者の後ろ姿。

 愛しいルシオは彼女に向かって優しく微笑んでいる。

 あーんとソアラルーナに食べさせて貰ったりもして。



 周りはキャアキャアと騒いでいたが、エマは爪をギリリと噛んだ。


 学園さえ退学にならなければ……

 今、ルシオ様の前にいるのはだった筈なのにと。



 偶然にもエマは、リリアベルがソアラルーナにハンカチを落としている所を目撃した。


 これは自分がアメリアにやられた事。


 エマは勿論リリアベルの事は知っている。

 リリアベルも、自分とルシオの邪魔をして来た女だったのだから。



 リリアベルも憎いが、彼女もアメリアと同じ様に婚約者候補から外された女。

 今はリリアベルなんかどうでも良い。


 ソアラルーナを消し去りたい。



 騎士達から離れた今がチャンスだと思って。


 そうして……

 下男にソアラルーナを誘拐するように頼んだのである。



 この時、リリアベルもソアラもピンクのドレスを着ていた。


「 どちらもピンクのドレスを来てますが? 」

「 顔が可愛い方よ 」

 エマから見れば、ルーナの方がリリアベルよりも断然可愛らしい顔だった。


 リリアベルは何時も自分を睨みつけて蔑んでくる女。

 自分の心の中では「あの!」と呼んでいたのだから。



 下男は近くで管を巻いている酔っ払いに大金を渡して、自分のいる場所まで連れて来るように命じた。


「 あのピンクのドレスの2人の内の、綺麗な方の令嬢を連れて来て貰いたい 」

「 連れて来るだけでこんな大金を? 」

 博打でスッカラカンになっていた酔っぱらいの男達は、二つ返事で引き受けた。



 下男は人身売買を生業とする悪党だ。

 王太子の婚約者ならば高く売れると考えて。


 実行犯の男達は、その後に始末される予定だった。

 この組織の者達は、実行犯を直ぐに始末していた事から、こんな大きな組織でありながらも、長年に渡り足がつかなかったと言う。



 酔っぱらいの男達は、綺麗な方の令嬢だと言われた事から、当然ながらリリアベルをターゲットだと思った。


 普通顔のソアラは侍女だと思っていて。



 この勘違いが、ソアラにグーパンをさせる隙を作る事になった。


 最初からソアラを狙っていたのなら、震えているだけのリリアベルでは為す術もなく、ソアラは誘拐されていたかも知れなかったのだ。



 そうしてこの酔っぱらいの男達は、ソアラの反撃にあい騎士達に捕縛されたのである。


 勿論、それを見て下男とエマは直ぐに逃げたのだった。




 ***




 騎士団の出現に、恐れをなして逃げた男達を追い掛け、騎士達が踏み込んだアジトには誘拐された女性が何人かいた。


 密航船が到着するのを待っていたのである。


 もっと早くに……

 あの時捜査を続けていれば……

 宰相ランドリアは臍を噛んだ。



 あの時……

 リリアベルの父親であるイースト公爵から、捜査の打ち切りをされなかったら。


 もしかしら、もっと早くに人身売買の組織の炙り出しに成功していたかも知れなかったのだから。



 各国共に、中々この組織の尻尾を掴めなかったのは、三ヶ国に渡ってアジトがあったからで。

 どの国もこの一味に手を焼いていたのである。


 こんな風に、組織を一網打尽に出来たのはドルーア王国のノース政権にとっては大金星だった。


 ガルト王国では禁止薬品の製造のアジトの摘発、 マクセント王国では人身売買のオークション会場の摘発にまで繋がったのだから。



 これも……

 ドルーア王国とマクセント王国が鉱山の採掘の共同プロジェクトで、連絡がスムーズに取り合える関係があったからで。


 そして……

 ガルト王国は、採掘作業のプロであるゼット商会を排出している国である事から、ガルト王国とも密な関係になっていたと言う事も大きかった。



 その後の取り調べにより、ハーパー男爵、その娘エマ。

 下男、老婆、そしてアジトにいた者達は、その家族に至るまでの全員が処刑された。


 王族に危害を加えた者は、その家族までもが極刑になると言う、ドルーア王国の法令にのっとって。


 ハーパーの妻と息子達は既に離婚をしていた事から極刑は免れたが、身分は平民に落とされた。



 カールはリリアベルを襲うことを示唆した者を探していた。

 もしかしたら犯人の狙いは自分だったのかも知れないと、ソアラから聞いたルシオの指示で。


 しかし……

 収監所にいる実行犯の男達の話では、「 綺麗な令嬢を誘拐しろと頼まれた 」と言う供述は一貫していた。



 ソアラとリリアベルだったら……

 一般的に綺麗な令嬢はやはりリリアベルで。

 カールもそれは間違い無いとしていた。


 しかし……

 この事を聞いてカールは驚いた。


 狙われたのはやはりだったのだと。



 この事から、ルシオはソアラをもう一度入内させる事にした。

 それにはサイラスもエリザベスも同意した。

 フローレン家の皆も賛成して。


 やはり……

 何処の誰がソアラを狙っているかが分からないのが怖かった。



 エマは極端な例だったが、王太子妃になりたいと思っていた令嬢は多い筈で。 


 公爵令嬢と言う高い身分の令嬢が、婚約者で無いことがやはり大きかった。



 伯爵令嬢が王太子妃になる。


 これは……

 今までに無かった事が、このドルーア王国で起こっているかも知れないのだからと。



 そうして……

 ソアラは再び入内する事となった。


 しかし今度は王宮の客間では無く、王太子宮の客間だった。











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