第113話 閑話─侍女ドロシーの野望




 ソアラに仕えている侍女は、サブリナ、マチルダ、ドロシーの3人で、彼女達はエリザベス王妃に仕えている侍女達である。


 ソアラには自分の侍女がいない事から、エリザベスの計らいで。

 その侍女が王太子宮の侍女で無い事は、王太子宮の侍女は令嬢の世話をした事が無いと言う単純な理由だ。



 3人の中でも若いドロシーの年齢は23歳……先日24歳になった。

 彼女は、この時代の令嬢としては婚期を逃していた。


 しかし……

 侯爵令嬢と言う高い地位にいながらも、まだ結婚をしないのには理由があった。


 ドロシーには……

 王太子宮の侍女長バーバラになりたいと言う野望があるのだ。



 王族に子が生まれると乳母がつけられる。

 ルシオの場合で言えばそれがバーバラなのである。


 今の国王サイラスが王太子から国王になると、王太子宮から国王宮に移り、王太子妃だったエリザベスは王妃宮に移り住んだ。


 当然ながらサイラスの侍女は、王太子宮の侍女長から国王宮の侍女長となり、エリザベス付きの侍女が王妃宮の侍女長となった。



 そして……

 ルシオの立太子を得て、ルシオの侍女だったバーバラが王太子宮の侍女長となったのである。


 ルシオが国王になれば……

 バーバラが国王宮の侍女長となる未来が約束されている。


 そう。

 第一王子の乳母になれば……

 やがては国王宮の侍女長になれると言う事だ。



 貴族令嬢の夢であるになれないのであれば、国王宮のになればこの王宮で君臨する事が出来ると言う訳だ。


 国王宮の侍女長は侍女の中でも最上位の侍女。

 その力は王妃にも匹敵すると言う。



『 産まれてくる王子様の乳母になりたい 』


 ドロシーはルシオの結婚に合わせて自分も結婚するつもりでいた。


 絶対に王太子妃と同じ時期に子を儲けると意気込んで。

 まだ婚約者さえいないが。


 王太子殿下の結婚式まで後半年余り。

 只今、絶賛婚カツ中である。



 そんな頃。

 ルーナがソアラの侍女候補になった。

 彼女はソアラの幼馴染みの友達だと言う。


 王太子直々にお願いして、侍女養成学校にまで通わせてあげているのだと。


 その上……

 王太子宮にまで出入りさせて、王太子宮の侍女のノウハウを教えている程の特別な待遇を受けている。


 明るくて気遣いの出来るルーナは、王太子宮のスタッフの間では侍女になるには相応しい令嬢だと評判になっていた。



 旅先ではそんな同年代のルーナと仲良くしていた。

 最初は。



 だけど……

 ドロシーはある時にふと気が付いた。


 婚約者がいるのにルーナが結婚をしない理由を。



「 もしかして……この王子の乳母の座を狙っている? わたくしと同じように…… 」

 だから結婚のタイミングを見計らっているのだと。



 王子の乳母は王太子妃の近しい者が優先に選ばれるからで。

 勿論、同時期に子を産んでいる事は必須だが。


 今、ソアラの侍女をしている自分が他の者よりは、完全に有利だと思っていたが。


 そこにルーナが現れたのである。

 ソアラの友達と言うルーナが。



 ドロシーは……

 ソアラの侍女になると言うルーナを、最大のライバルだと位置付けた。




 ***




 王妃宮の侍女であるサブリナとマチルダは、離宮の侍女達とは犬猿の仲であった。


 嫁姑で、あれだけ仲の悪かった2人の侍女達も対立していたのは当然で。

 この離宮でも、お互いに最低限しか話そうとはしなかった。


 なので……

 その確執を知らない新人のドロシーが、侍女間を取り持つ連絡係になっていた。



 それを利用して、ドロシーはルーナを売り込む作戦に徹した。


 彼女を離宮の侍女にしようと思ったのである。


 乳母になれる事の有利なルーナを、王宮から追い出そうと言う思惑で。


 離宮の侍女達がルーナの事を気に入るようにと、徹底的にルーナを褒め称えた。

 王太后陛下には気遣いの出来る彼女が適任だと、事ある毎に言い続けた。



 そして……

 ビクトリアがルーナをこの離宮の侍女にしたいと、ルシオに切望したと言う話を離宮の侍女達から聞いた。


 ドロシーのルーナが実を結んだのである。



 しかし返事は保留になっていると言う。

 確かに……

 1人ではこの離宮に来る決心は付かないだろうと。


 だったら……

 結婚すれば良い。


 既に彼女には婚約者がいるのだから容易い事だと。


 さっさと結婚して貰って、この離宮に来させて子を儲けさせたら、王太子夫婦との出産時期とは異なる事が出来る。


 まだ独身のドロシーは、妊娠出産を安易に考えていたのである。



 そこで……

 帰路を利用してドロシーはある作戦を企てた。


 ルーナの婚約者である、ブライアン・マーモット侯爵令息を奪う作戦だ。


 自分の婚約者を奪われそうになれば、慌てて結婚するに違いないと考えて。


 この、自分に自信があり過ぎる女が、このまま手を手を拱いている訳がない。


 絶対に何か行動を起こす筈。



 かくしてドロシーの策略通りに事が運んだのである。


 旅が終わると……

 1ヶ月後にはルーナはブライアンと結婚して離宮へ向かった。


 その後……

 ルーナが妊娠している事を知った時。

 ドロシーはガッツポーズをした。


 邪魔者は消えたと。



 因みに……

 ブライアンはドロシーの好みでは無い。

 ドロシーの好みは細身の学者タイプだ。


 騎士である父親も兄も体躯が良い。

 小さい頃からそんな騎士達が、家でゴロゴロしていた反動と言える。



『 ソアラ様の友達であるルーナ・エマイラ伯爵令嬢が、王太子夫婦の間に生まれて来る第一王子の乳母になろうとしている 』


 ドロシーのこの勘違いが、ルシオの思惑の手助けになった事は間違いない。



 ルシオがドロシーのこの策略を知れば……

 彼女に褒美を取らせた事だろう。





 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る