道場訓 八十一   魔神流の空手

 魔神流まじんりゅう


 その空手からての流派を聞いたとき、俺は亡き祖父の言葉を思い出した。


 かつてヤマト国には闘神とうしん魔神まじんと呼ばれた、全能神ぜんのうしんから空手からてを継承された2人の男神おがみがいたという。


 そしてこの2人の男神おがみはやがて自分たちが工夫した空手からての技を受けがせる人間を見極め、その空手からての技とともに別の力を与えたという伝説があった。


 気力アニマを根本とした技能スキルと、魔力マナを根本とした魔法だ。


 魔法というとリザイアル王国のような色目人しきもくじんの国で生まれたと言われているが、それはあやまりで文献ぶんけんを調べていけばヤマト国や中西国ちゅうさいでも古代から魔法の存在が記されている。


 だが祖父の話によれば、ヤマト国や中西国ちゅうさいのある大陸に存在する魔法はこの魔神まじんから派生はせいしたというのだ。


 それは魔法に比べていちじるしく減少している技能スキルの使い手もそうであり、元を探っていけば闘神とうしんから気力アニマ空手からてを受けいだ俺の先祖から派生はせいしたらしい。


 まあ、それはさておき。


 カムイの言葉ではないが、俺もまさかこんな場所で魔神流まじんりゅう空手家からてかと会うとは思わなかった。


 しかも、こいつが闇試合ダーク・バトルの絶対王者だと?


 俺の聞き間違いでなければ、マコトは確かにそう口にしたはずだ。


 つまり、このカムイを倒せれば闇試合ダーク・バトルで優勝したも同然と言うことか。


 俺はカムイと間合いを保ちながら、再び自流の構えを取った。


 たなからぼたもち、とはこのことだな。


 もしかすると、本選の決勝戦で当たったかもしれない相手だ。


 それはそれで構わないのだが、ここが本選会場ではないということが良い。


 なぜなら、ここで闘う分には実際にエミリアの命を賭けなくてもいいのだ。


 俺は裏社会の人間の本質というものは少なからず分かっている。


 特に賭け事ギャンブル裏の催しイベントを企画して主催しゅさいする胴元オーナー側というのは、客からの期待に応えたり大金を稼ぐことに必死になっている。


 となると、部外者である俺が闇試合ダーク・バトルを優勝してしまうことに胴元オーナー側がすんなり受け入れるとは考えにくかった。


 十中八九、優勝を阻止するべく妨害をしてくる可能性が高い。


 それならまだマシだったが、その矛先ほこさきが俺ではなくエミリアに向けられるのだけはけたかった。


 などと思っていると、カムイは「おもろいな」と首を左右に振って骨を鳴らす。


「最近の闇試合ダーク・バトルの参加者はヘタレばっかでストレスが溜まってしゃーなかったんや。せやけど、大将みたいな人間が相手となるとこっちも相応の力で行かせてもらわんとな」


 そう言うなり、カムイの全身から凄まじい魔力マナが放出された。


 ビリビリと部屋全体が揺れている感じが伝わってくる。


 本人は否定していたが、空手着を着た大魔法使いという表現もあながち間違いではない。


 なぜなら、魔神流まじんりゅうとは魔法と空手からて混然一体こんぜんいったいとなった流派だからだ。


「大将、死んでもしらんで」


 カムイの挑発に俺はニヤリと返す。


「それはこっちの台詞だ」


 と、俺もカムイに負けじと下丹田げたんでん気力アニマを集中させた。


 そのとき――。


「お止めなさい!」


 緊迫きんぱくした部屋に凛然りんぜんとした声が響き渡る。


「ここは闇試合ダーク・バトルの会場じゃなくてよ」


 声を発したのはマコトだ。


「特にカムイ、あなたはもう少し闇試合ダーク・バトルの王者の自覚を持ちなさい……それにあなたたちの対決を見るのが私たちだけじゃもったいないわ」


 数秒後、カムイの全身から放たれていた魔力マナがフッと消えた。


「お嬢はんが言うのなら仕方ないな。せやったら、大将との勝負はちゃんとした会場でやろうか。この場所で闘ったらこっちはお嬢はんが、そっちはエミリアちゃんに被害が出るかもしれんからな」


 俺はカムイの指摘してきにハッとした。


 そうだ、その通りだ。


 エミリアのためだと思いながら、こんな場所で魔神流まじんりゅう空手家からてかと闘えばエミリアにも戦闘の余波が行く可能性が高い。


 俺は構えを解いて深呼吸をする。


 予期せぬ使い手の出現で、いつもの悪いくせが出てしまっていたようだ。


 こんなことじゃ駄目だな。


 それに俺たちが闇試合ダーク・バトルで闘う目的は、あくまでもキキョウの救出だ。


 キキョウさえ無事に救出することができたなら、闇試合ダーク・バトルどころかこの地下世界からも早々に抜け出しても構わない。


「エミリア、もう行こう」


 俺は振り返り、エミリアに声をかける。


 こんな場所にいては、またいつ俺の悪いくせが出てくるか分からなかった。


 だったら、さっさとこんな場所からは退散するに限る。


「待って、まだ私の話が終わってないわよ」


 俺はマコトの話になど聞く耳を持たなかった。


「まあ、待ってや大将」


 しかし、俺と同等の力を有しているだろうカムイの言葉は別だ。


 俺は顔だけを振り返らせると、カムイは俺からマコトへと視線を移した。


「お嬢はん、こういう男には女がナンボ言っても無駄でっせ。特に空手家からてかなんて人種はどいつもこいつも偏屈へんくつな奴ばっかなんやから」


「じゃあ、どうすればいいのよ?」


「決まってるやないですか」


 カムイは再び俺の方へと顔を向けた。


「大将、俺と1つ賭けをせんか?」


「賭け?」


 俺は頭上に疑問符を浮かべた。


「そうや、賭けや。せやけど、どっちが優勝するかやないで。俺と大将、どっちが闘って勝つかや」


「お前が俺と当たる前に負ける可能性は?」


「ありえんな。それに、今回の闇試合の決勝は俺と大将でほぼ決まりや……そうでっしゃろ? お嬢はん」


 そんな都合の良いことがあるわけがない。


 と、思うほど俺も馬鹿じゃない。


 なるほど、マコトは胴元オーナー側の人間なのだから試合の組み合わせなどは自由自在に違いない。


 それにわざと負けろと言ってるわけではないのだ。


 おそらく、マコトの権力ならば俺とカムイが決勝戦で当たるよう次の2回戦から仕組まれるのだろう。


「賭けと言ったが、俺が勝った場合はどうなるんだ?」


「もちろん、カムイに勝ったらあなたの願いを必ず聞き入れてあげる。それはマコト・ハザマの名に懸けて誓うわ」


 答えたのはマコトだ。


「じゃあ、そっちが勝ったら俺はどうなる?」


 ようやく本題とばかりにマコトは妖艶な笑みを浮かべる。


「ケンシン・オオガミ。あなたは私の愛玩動物ペットになってもらうわ」

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