道場訓 二十六   現れた二つの巨悪

「おい、何だあれは!」


 一人の冒険者がある一点をゆびさしながら声を上げた。


 エミリア・クランリーこと私も冒険者がし示したほうへ意識を向ける。


 え……あれって?


 私はケンシン師匠が闘っている場所からはるか前方――アリアナ大森林の上空からこちらに飛行してくる不気味な影を見つめた。


 その不気味な影は最初こそ小さな黒い点だったが、時間が経つごとに見る見るうちに大きくなっていく。


 凄まじい速度でこちらに向かっているのだ。


 それはケンシン師匠の上空をあっという間に通過し、私たち冒険者の一団へと近づいてくる。


 やがて視力が良かった冒険者の一人が声高に叫んだ。


「ギ……ギガント・エイプだ!」


 私たちの間に恐怖と緊張が駆け抜ける。


 輪郭りんかくがはっきりと見えてきたので、私も視界にとらえることができた。


 遠目からでも分かる。


 額についている巨大な一本角と、白と黒の斑模様まだらもようの肉体。


 間違いない。


 ここに来るまでに聞かされた、ギガント・エイプの身体的特徴とくちょうと同じだ。


 しかし、冒険者の一団が息をんだのはギガント・エイプを見たからではない。


 いや、確かにギガント・エイプも十分に恐怖を感じる原因の一つだった。


 だが、ギガント・エイプがこちらに向かっているにも全員が驚愕きょうがくしたのだ。


「う、嘘だ……こんなことがあるはずがない」


 私の隣にいたキキョウさんが全身を震わせながらつぶやく。


「なぜ、レッド・ドラゴンの背中にギガント・エイプが乗っているのだ!」


 レッド・ドラゴン。


 本来はAランク以上のダンジョンの最下層にしか現れない竜種りゅうしゅの王。


 討伐とうばつランクは当然ながらSランクだった。


 そのレッド・ドラゴンの背中にギガント・エイプが乗っており、文字通り空気を切り裂きながら私たち冒険者の一団へと向かって来ているのだ。


 このとき、冒険者たちの頭にあった〝敵前逃亡は死罪〟という言葉は粉々こなごなに砕け散った。


 同時に冒険者たちの恐怖の叫びが大草原に響き渡る。


 私は叫び声こそ上げなかったが、心の中でこう思った。


 本当の惨劇さんげきの幕が上がったのかもしれない、と。




 一方、その頃――。


「邪魔だ、お前ら!」


 俺は目の前に立ちはだかる魔物どもに向かって声をあらげた。


 この場にいる魔物どもが人語を理解できないことは分かっている。


 それでも俺は口に出さなければ気がすまなかったのだ。


 まさか、アリアナ大森林からギガント・エイプがレッド・ドラゴンに乗って現れるとはまったくの予想外だった。


 しかもこの2体のターゲットが俺ではなく、エミリアのいる冒険者の一団に向かったというのが最悪だ。


 ギガント・エイプ1体でさえ、200人の冒険者たちが総がかりでいどんでも未曾有みぞうの被害が出る。


 それなのにレッド・ドラゴンまで出て来てしまっては一巻いっかんの終わりだ。


 間違いなく、エミリアをふくめた冒険者たちは皆殺しになるだろう。


 などと思った直後だった。


「ヴォオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!」


 大気を震わせる咆哮ほうこうとともに、エンシェント・キマイラどもが突進してきた。


 本当は一刻も早くエミリアの元へ向かいたかったが、まるでここにいる魔物どもは時間稼ぎをするように総がかりで襲いかかってくる。


 その中でより強く凶悪な存在はエンシェント・キマイラだ。


 顔は獅子しし、胴体はドラゴン、尾はへびで背中に山羊やぎの顔がついている魔物――エンシェント・キマイラ。


 そんなエンシェント・キマイラの弱点は山羊やぎの顔だ。


 特にキメラの上位種じょういしゅであるエンシェント・キマイラを倒すとなると、他の部分をどれだけ攻撃しても無駄に終わる。


 エンシェント・キマイラの厄介やっかいなところは異常な再生能力だった。


 弱点以外の場所をどれだけ攻撃して破損はそんさせたとしても、すぐに持ち前の異常な再生能力で元通りになってしまう。


 なのでエンシェント・キマイラを確実に倒すには、再生能力でも追いつかない威力の攻撃で、弱点である山羊やぎの顔を斬り落とすか粉々こなごなにしなくてはならない。

 

 そして俺はどちらの戦法も選択した。


 まず俺は1体のエンシェント・キマイラの攻撃をけながら胴体に飛び乗ると、山羊やぎの顔――正確には胴体とつながっている首の部分に手刀しゅとうを走らせる。


 ザンッ!


 俺は練り上げた気力アニマまとわせた手刀しゅとう――〈無影むえい手刀打しゅとううち〉で山羊やぎの顔を胴体から切り離す。


 やがて弱点の部位を切り離されたエンシェント・キマイラは絶命した。


 すると他のエンシェント・キマイラどもは、どんな鉄剣よりも切れ味のあった俺の〈無影むえい手刀打しゅとううち〉を警戒けいかいしたのだろう。


 四足歩行よんそくほこうから二足歩行にそくほこうとなり、背中の山羊やぎの顔を守るような態勢たいせいとなった。


 あまい!


 俺は二足歩行となったエンシェント・キマイラどもの巨大な爪や牙による、引っき攻撃やみつき攻撃をかわしながら山羊やぎの顔に技を叩き込んでいく。


 直接ではない。


 エンシェント・キマイラの腹部に右拳を押し当て、背中の山羊やぎの顔へと衝撃が通るような特殊な打拳だけんを放つ。


 零距離ぜろきょりからピンポイントの場所を破壊する打拳だけん――〈当破あては正拳突せいけんづき〉だ。


 バガンッ!


 耳朶じだを打つ爆音とともに、山羊やぎの顔が爆裂四散ばくはつしさんする。


 その後、俺は立て続けに〈当破あては正拳突せいけんづき〉を残りのエンシェント・キマイラにも打ち込み、すべてのエンシェント・キマイラを仕留めた。


 もちろん、まだ他の魔物どもが残っている。


 そして、こいつらをすべて倒さなければエミリアの元へ向かうのは難しかった。


 だが、あまり時間をかけすぎては手遅れになる。


 俺は四方を囲んでくる魔物どもを見回した。


 普通の人間ならばこのような事態におちいると、パニック状態になって通常の力の半分も出せなくなるに違いない。


 けれども俺は違う。


 ――戦魔大戦せんまたいせんを経験したせいで、どんな悪夢のような非常事態になっても心が掻き乱されることはなくなった。


 代わりに感じるようになったのは、このようなときは目に映るを片っ端から壊したくなるという欲求だ。


 それは自分が1匹の獰猛どうもうな獣になる感覚に似ていたかもしれない。


 どちらにせよ、ちまちま闘っていてもらちが明かないのは事実だ。


 だったら、やることは一つしかない。


 コオオオオオオオオオオオオ――――…………


 俺は息吹いぶきを発しながら、下丹田げたんでんでさらなる気力アニマを練る。


 そして――。


 俺はすべてを蹂躙じゅうりんする1匹の拳獣けんじゅうになった。

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