道場訓 二     追放された実は最強の空手家

「てめえ、俺たちをおちょくるのもいい加減にしろよ」


 激高げきこうしたキースは勢いよく立ち上がると、左腰に吊るしていた立派なさやから《神剣・デュランダル》を抜き放った。


 ロングソードに似た《神剣・デュランダル》の刀身は青白く輝いて見える。

 

「おいおい……仮にも国からたまわった神剣をこんなところで抜くなよ」


「うるせえ! この無能の戦士もどきが!」


「戦士もどき? それは俺の空手からてのことをまえて言っているのか? 確かに闘うという点では戦士と同じだが、ヤマト国の武技ぶぎの一つである空手からての基本は護身ごしんだ。だからこそ、むやみやたらに技をひけらかすような真似もしない。技を使うのはありとあらゆる場所に存在している〝悪〟と闘うためにこそある。分かるか? そもそも空手からてには「空手からて先手せんてなし」という言葉があってな……」


 と、俺がそこまで空手からてについて話したときだ。


「くだらねえ空手からて講釈こうしゃくれることだけは一人前だな。ダンジョンでは低級の魔物からも相手にされない空手家からてかさんよ」


 キースの言葉を皮切りに、他のメンバーも次々と続いた。


「そうそう、あんたってばゴブリンどころかスライムとかにもけられていたわね。マジでウケるわ。どんだけ魔物からも雑魚ざこ扱いされてるのよ」


 などとアリーゼが言うと、


拙者せっしゃもそのことについてはずっと気になっていた。空手家からてかというから戦闘に関しても少しは期待していたのだが、実際はろくに魔物とも闘えない……いや、闘おうともしないという体たらく。まったくもって同じヤマト人の男としてなげかわしい」


 カチョウも淡々と思っていたことを口にする。


「ははははっ、こっぴどく言われてるな。だが仕方ねえよ。これが忌憚きたんのない意見ってやつだ。しかもてめえはクエストの前日には必ず行方不明になっていたよな? どうせ怖くてどこかに隠れて震えていたんだろう? どうだ、ケンシン。何か言い訳があるのなら言ってみろよ 」


 キースは高笑いしながら《神剣・デュランダル》の切っ先を俺に突きつける。


「お前、自分が何をしているのか分かっているのか?」


「ああん?」


「仲間に剣を突きつけて平気なのかといているんだ」


「仲間? はっ、無能になると耳も悪くなるのか。てめえはもうクビなんだから仲間じゃねえ。それなら剣を突きつけても構わねえだろ?」


 キースは下卑げびた表情を浮かべながら嬉々ききとしていた。


 他のメンバーを見渡すと、アリーゼもカチョウも俺を見下すような眼差しを向けている。


 俺はどっと肩を落とした。


 最初はこんな感じじゃなかった。


 半年前――俺がこのパーティーに入ったときの三人は、お世辞にも冒険者として抜きん出た才能があったわけじゃなかった。


 それでも半年前の三人には、がむしゃらに成り上がろうとする気概きがいがあった。


 戦闘中はスタンドプレーにてっしてしまうものの、戦闘が終わったあとは互いを気遣きづかって次のクエストも頑張ろうと向上心に満ちあふれていたのだ。


 だから俺はこのパーティーの前では空手からてを使わないと決めた。


 俺が堂々と魔物相手に空手からてを使ってしまえば、この三人のひたむきな向上心に水を差してしまう。


 そう思ったからこそ、俺はひたすらに裏方に回ったのだ。


 同時に強く決意した。


 この三人を絶対に有名な冒険者パーティーにしてみせる。


 そのために俺は〝裏〟で何でもやった。


 口に出せること出せないこともふくめて何でもだ。


 だが、俺のそんな行動は間違いだったのかもしれない。


 数々の難関だった上位クエストをこなし、ランクが上がるにつれてキースたちの態度や性格は一変いっぺんしていった。


 特にひどくなったのは、勇者に任命されてからのキースの素行そこうだ。


 自分よりも下の冒険者たちをあからさまに見下すようになり、少しでも難癖なんくせをつけてくるような相手には勇者という肩書きをちらつかせて暴力にうったえる。


 問題は他にもまだあった。


 確か娼館しょうかんで見つけたタイプの女性を強引に情婦じょうふにしようとして、バックにいた裏社会の奴らとめたこともある。


 俺は嫌な記憶を思い出して大きなため息をつく。


 いくら裏社会の人間相手とはいえ、事件をもみ消すための人殺しはさすがに後味が悪かった。


 しかし、あのときはやるしかなかった。


 国に選ばれた勇者が娼館しょうかんに入りびたり、バックにいた裏社会の人間と問題を起こしたなどいうスキャンダルを外に漏らすわけにはいかなかったからだ。


 すべてはキースたちを裏から手助けして、名実ともに国中の人間たちからたたえられる勇者パーティーにするため――だったはずが、俺はあまりにも過保護かほごすぎたのかもしれない。


 仲間に対して平然と剣を向けるような性格になる前に、適当な理由をつけて自分から出て行くべきだったのかもな。


 やがて俺は「分かった」と小さくうなずいた。


「俺がパーティーに必要なくなったと言うのなら出て行く。お互いにわだかまりがあっても今後のクエストに影響が出てくるだろうしな……ただ、一つだけ言わせてもらえないか。お前たちは俺のスキルを自分たちに恩恵を与えられない無能スキルだと馬鹿にしたが、それは使用するための条件が厳しいだけで、俺のスキルの恩恵を得る効果は絶大なんだ。それは――」


 ガッシャアアアアン――――。


 不意に冒険者ギルドの一角にけたたましい音が鳴り響いた。


 アリーゼやカチョウのみならず、他の冒険者たちも慌てふためく。


 キースが《神剣・デュランダル》でテーブルの上にあった酒や料理を薙ぎ払ったのだ。


 そしてキースは血走った目で俺をにらみつけてくる。


「この際だからはっきり言わせてもらうぜ。てめえのスキルのことなんざどうだっていいんだ。俺が前から気にくわなかったのは、てめえの俺を小馬鹿にするような態度そのものなんだよ」


「どういうことだ?」


「どうもこうもねえよ。俺と同じ年なくせに達観たっかんしたような態度と話し方をしやがって……マジで殺したいほどムカつくぜ。まるで俺を聞き分けの無いガキのように思ってやがるんだろ?」


誤解ごかいだ、キース。俺はお前のことをそんな風には思ったことはない……ただ、公衆の面前で今のお前のような言動は勇者としてあるまじきものだな、と思っているぐらいだ。ここがまだ冒険者ギルドだからいいものの、それなりの有力者の前では改めないと命取りになるぞ」


 俺がそう言うと、キースは「はっ」とした表情を浮かべた。


 公衆の面前と勇者としての言動、という言葉に反応したのだろう。


 キースは軽く周囲を見渡した。


 自分たちを横目にこそこそとしゃべっている他の冒険者たちを見て舌打ちする。


 さすがに冒険者ギルドの中で刃傷沙汰にんじょうざたはマズいと思ったに違いない。


 キースは長く深い息を吐くと、《神剣・デュランダル》をさやに納めた。


 そのままドカッと勢いよく椅子に座り、不遜ふそんな態度で両足を組む。


「ふん、最後のご忠告ありがたく頂戴ちょうだいしておくぜ……じゃあ、あばよ。無能で役立たずなサポーターの空手家からてかさんよ。勇者パーティーをクビになった噂はすぐに知れ渡ると思うから、どこへ行ってもてめえをサポーターとして雇うような奴はいなくなるだろうな」


「うふふふ、ご愁傷しゅうしょうさま」


南無三なむさんだな」


 三人の悪意のこもった嘲笑ちょうしょうに対して、俺はこれ以上ここにいる意味を失った。


 もう俺が知っている三人はこの世にいないんだな。


 俺は立ち上がると、椅子の背もたれにかけていた外套がいとうを手に取った。


 空手着の上から外套がいとうを羽織ってキースたちに背を向ける。


「今まで世話になったな。これから三人で頑張れよ」


「ぐだぐだ言ってねえでさっさと消えろよ、無能……ああ、そうだ。ついでに言っておくが宿屋に預けてある装備品や所持品はすべてパーティーで使うものだから、クビになったてめえには一つたりとも渡す理由はねえからな」


 そこまで言われると逆にどうでも良くなる。


「じゃあな」


 俺はそれだけ言い残し、冒険者ギルドを後にした。


 

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