悪人たちが和気藹々と泣き笑う世留(よる)
@nluicdnt
私人逮捕 ①
「おい、カメラ回しとけよ」
里瀬は、自分の傍にいるレオンに声をかけた。
「分かってるって大丈夫」
スマホを持ちながら、レオンはため息を一つした後、親指を立てる。
「いや〜、最近のスマホは便利だな〜。画質めっちゃ良く動画撮れるし。里やんもそう思わない?」
しかし、呼びかけられた里瀬は無視する。
少しレオンの顔は曇った。
「なぁ、里やん本当にやるの」
「当たり前だろ。今、このジャンルがノリに乗っているんだからよ」
「私人逮捕、ねえ」
レオンが少し疑問に思っていそうな声を出したのが気に入らなかったのか里瀬は睨む。
「わーってるわーってるって」
本当は、少しだけ舌打ちをしたかったがそうしたら里瀬がキレるかもしれないから、レオンはやめた。
里瀬はついこの間、暴力沙汰を起こし退職、そして逮捕されてしまった。元々、里瀬は地元では学生時代から有名な不良あった。 いつも何か気に入らないことがあるのかイライラしたような面持ちであり、近くの人から恐れられていた。
成人し、上場企業に勤めた後はそんな面持ちはしなかったが、張り付いた笑顔をしていた。
会社のストレスやパチンコで負けるなどのストレスが溜まっていたこともあり、前から自身に対し、パワハラめいた対応をしていた上司を盛大にぶん殴ってしまった。もちろん、その上司は酷い怪我を負った。顔面複雑骨折だ。
日頃からよほど腹立つ上司だったのか、身長が少し自身より大きいにも関わらず、もうほとんど撲殺寸前までの領域に入ってしまい、予想していたよりも刑期に服す期間が長かった。
刑期が終わり、出て行くことが出来たのは良いが、待っていたのは冷たい世間の目である。
彼は普段は小回りが効いて器用である。
運動も抜群で、音楽、裁縫も、料理も得意であり、そのギャップで学生時代は女子から人気であった。
しかし、短気な所があり気に入らないことがあると口調や言動が荒くなり、裁縫なら手に針を刺してしまったり、運動ならミスや相手を怪我させたりしてしまう。
それにより、よく喧嘩に発展してしまい、多くの人を病院送りにしてしまった結果、凶悪なヤンキーになっていた。
そんな彼にとって、一度つまづいた状態で面接を受けるのは、かなり難易度がハードだった。
やはり、暴力沙汰を犯したということもあり、面接を受けられない場合が多い。
または面接を受けることになっても、ストレス耐性を確かめるためなのか、暴力沙汰を起こしたことに対して貴方を信用できるのか、などと少し嫌な態度をして揺さぶったり突っ込んだ質問をすると、キレて面接を放棄する。
そんなことを繰り返していたから、里瀬は全く再就職にこぎつけることが出来なかった。
しかし最近、主に私人逮捕の動画投稿者が増えてきた。その動画を見て自分も向いている、そう確信し、自分もそれをしようと思ったのだ。
社会復帰のため、私人逮捕で痴漢や盗撮を取り締まる、なんてことをしていたら再就職できるのではないかと考えてそうしようと思った。と、他の二人は解釈している。
別に金儲けをしようとしている訳じゃないし、たとえそうだったとしても悪人を捕まえて金儲けならそれで良いじゃないか、とレオンは思っていた。だから今、それを実行の協力を今している
里瀬の方も、自分だけでは撮影を完璧にできないと思ったことから、フリーターのレオンや、無職のヒデと共に私人逮捕の動画を撮り、投稿することを目指す。
今はそのために電車というより、駅のホームでパトロールのようなモノをしている最中であった。
「ねえ、里やん。これさぁ俺ら電車乗った方が良いんじゃね?」
「ばっか!! 今、警戒されているんだよ!」
スマホ撮影係のレオンがそう言うと、里瀬は怒鳴り黙らせた。
「ただでさえ、今、問題行動になっているというのに」
そう、今は私人逮捕系動画投稿者が電車内で撮影目的で立つことが厳重注意となっている。理由はその動画投稿者であることを名乗り、恐喝などをする者が出てきて問題になっているからだ。
たとえ相手が痴漢であろうが無かろうと、それを脅しに金などを要求するとこは罪に値する。
だから、彼らのような新人のペーぺーが電車内に行くわけにはいかない。
まず駅のホームで怪しい盗撮犯を見つけることに行動をシフトした。
「そんな怒鳴らなくても良いんだけどなぁ」
レオンは少し困った。
「ていうか……全然いなくない?」
ヒデがそう言うと、残りの二人は顔を見合わせる。
たしかにそうかもしれない。
ここまで来てなんだよ、と言われそうなことであるが、周りにそこまで怪しい奴はいない。というか一人も見当たらない。
「んだよ、全然いねえなくそ」
里瀬は悪態つきそうになる。
「まあ、先は長いんじゃない? とりあえず落ち着いてさ」
「レオンちょっと黙ってて」
ぴしゃり、と里瀬に言われたことでレオンは少し俯く。
「ていうかさ〜、ちょっと俺、飽きてきたんだけど」
早くもヒデは飽きてきた。
「ヒデはえ〜よ」
里瀬は少し茶化すように引き留める。
里瀬は分かっていた。
レオンと違いヒデはすぐ飽きる。遊びの時でも何でも、遅刻するのは当たり前。一時間どころか半日以上遅刻したこともあるし、全く来ないからLINEで連絡しても未読スルーするから家に言ったらゲームしてたなんてのもザラにある。
そんな気分屋のヒデは、飽きたとなれば本当に飽きるのだ。ゲーム実況やり始めると言い始めた時も、わざわざそのためにプレミアム会員となったが、一日でゲーム実況つまらんと言い、その日の内にプレミアム会員を解約したことだってある。解約金も一日で止めるにはもったいないと思われるほどの額だった。しかし、飽きたからやめたい、それだけで軽く解約した。
正に熱しやすく冷めやすい性格、いやその言葉の擬人化とも呼べる存在であった。
だが、今回のこの撮影にヒデは欠かせない。もちろんレオンだってかけがえがない存在だ。だが痴漢や盗撮をしていた犯人を見つけた時、一番なのは確保することだ。
もちろんしっかり撮影することも大事だが確保しなければ、撮影が頓挫してしまう。
それだけはなんとしても避けたかった。
里瀬はめちゃくちゃ喧嘩が強いからそんな心配は無いんじゃないかと、レオンが言ったが、お前は本当に分かってねえな、と里瀬が叱った。
確かに里瀬は三人の中では一番力が強い。
しかし、相手を傷つけずに拘束するのが苦手だった。
あまりにも力が強すぎるのか、それともキレると我を失うのかは不明であるが、最低でも骨折させてしまうのが多い。だから程良く暴力的で相手を拘束できる者が欲しかった。
それがヒデというわけだ。
ヒデは里瀬ほどではないが、喧嘩が強く、手加減も上手い。
だから彼がいなくなるのは、里瀬にとってものすごく都合が悪い。それゆえに今はなんとか機嫌をとっているのである。
「ふ〜ん、じゃ終わったらなんか奢って。丼物的なやつ」
「分かった、分かった」
里瀬は舌打ちしたい気持ちに駆られる。
ヒデは馬鹿のように食べ物を多く食い、意地汚い食べ方をする。ヒデの食事の後を、片付けるアルバイトのスタッフは、可哀想だ。
里瀬はいつもヒデと飲食的に行くと、そんな目でキッチンを見てしまう。
「まあいい、まだ一時間経ったばかりだ。ここから粘るぞ」
「はぁ」
「だっる」
二人ともそれぞれ別々の反応をしたが、
飽きている。
疲れている。
この二つの感情はその返事からも読み取れるモノであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます