第2話

 アクアマリンの大きな瞳を嬉しそうに細めたラテの天真爛漫な姿に、カプチーノがうっそりと勝ち誇った表情をするのを見つめたモカは、ぎゅっと拳を握り込む。


 ごめんね、アート。

 わたしは、弱虫だから逆らえないの。


 死んだ魚のような瞳をしている、柔らかな銀髪に藍色の瞳を持つ優しい顔立ちの婚約者、否、元婚約者に困ったような微笑みを向けたモカに、元婚約者にして男爵家四男アフォガート・マキアートは泣きそうな表情をしていた。


「モカには明後日から王宮に出仕してもらうわ。今日中に荷物をまとめて王宮に行きなさい」

「はい、お義母様」


 少し首を横に傾けて頷いたモカの薄茶の猫っ毛が小さな背中を滑り落ちる。

 ぱっちりとした樺色の瞳に宿る心情を図りかねたカプチーノは、モカをしっしとまるで猫を扱うように追い払う。


 応接用の部屋を出て自らの部屋となっている屋根裏部屋に逃げ込んでたった3着しかないドレスを鞄に詰めたモカは、ものの30分で馬車の前に立った。


 お見送りに出て来たのは、人目を忍んだアフォガートだけだった。


「ねぇ、俺も連れて行ってよ」

「ごめんね」


 モカの言葉に、流されるしかなかったアフォガートはくしゃっと顔を歪める。


「俺、家事とか頑張るから、お仕事も………、どうにかなると思うから、だから………!」

「アート、家事なんてできないでしょう?お仕事も書類仕事ぐらいしかできないのに、駆け落ちできるような農村でお仕事なんてできるの?」

「………………、」

「ね?無理でしょう。私たちみたいな弱虫には、流されて生きるしか道なんてないの」


 しっとりゆっくり話す彼女の言葉にくちびるを震わせた彼は、諦めたように微笑む。


「そう、だね。ごめん、言ってみただけ」

「うん。わかってる」


 さあっと初夏の優しい風が2人の間を抜ける。


「幸せになってね、アート」


 彼はふるふると首を振る。


「俺は幸せになれないから、その代わりモカが幸せになって」

「うん。わかった」

「………俺の葬式には来て欲しいな」

「難しいかも」

「じゃあ、墓参り」

「いいよ」


 小さく囁き合った2人は両手を恋人繋ぎにし、こつんと額を合わせる。


「ばいばい、アート」

「………ん、」


 唯一の心の拠り所との別れは唐突に、そしてあっという間にやってきて、全てを掻っ攫って行った。


 馬車に乗り込み、車窓から見える流れゆく長閑な景色に一筋の涙を流したモカは、窓に頭を預けて眠るのだった———。

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