冬玄郷冬守奇譚

アレクラルク=ネレイア=CMC

サイコロ三昧

 あー。

 ふん。

 センター争いか。

 いや。

 ソロで稼げよ。

 知らんわ。お前など。

 うーん。

 良くやるなあ。若いのに。

 アイドルな。

 いや。

 エロゲってダウンロードなら3000円のもあるぞ?

 女の子4・5人。

 濡れ場あり。

 たかが握手に100万使えってか。

 あー。

 キモオタどもにエロゲ教えてやりてえな。

 コスパいいのに。

 リアルアイドル?

 どうせあの手のビデオに出るよ。

 無視すりゃいいのに。


 +


 ふーん。エロゲを作れか。

 あー。

 紙芝居とSLGどっち?

 RPGか。いや、違う。

 ひたすらレベル上げして魔王を倒すのがRPGだ。

 エロゲRPGはSLGなんだよ。

 育成ゲーだな。

 手間暇かけた最強主人公なら何股かけても許される。

 そうなんだ。

 ハーレム合法にするために、育成パートがあるだけなんだな。

 ソシャゲはお金出してるからハーレムいいんだよ。

 キャラ1体に何万円もな。

 まったく。


 +


 あー。表現者やれと?

 いや。たりい。

 あのさ。

 エロゲ?

 どんだけボリューム?

 てか、同人だろ。

 絵なんか描けるか。

 シナリオ?

 あのさ。

 幻想を持つな。

 人間飯食って新聞読んで買い物行ってラーメン屋行けば1日終わるんだよ。

 あと、ネット。

 インターネットのないファンタジー世界。

 そりゃ女狩りしかやることねえよ。

 いいけどな。ゲームだし。


 +


 いいか。

 あらゆる主人公のスーパーパワーは「女にモテる」ためにある。

 強い殿方だわ! きゅん♪

 これだけ。

 物語というのはこれなんだ。

 BOY MEETS GIRLでいいんだよな。

 あーあ。

 人間性でモテようとしてるラノベって寝呆けてるんだよな。

 テロリスト倒せよ。

 いい人ごっこ?

 誰でも出来る。

 美少女がいればな。

 お前のクラスはブスばっかりだったろう?

 大学に入って深夜アニメ観たか。

 この世にこんな可愛い女の子がいたなんて!

 彼女のためなら僕は!

 それが作家目指した動機だろう?

 あー。

 アニメか。

 あんなすっとろいゴミ創作、そりゃ自分でも書けそうだと錯覚するわな。

 何だ、この長い長い情景描写。

 お前、絵を描け。

 アニメに感動したのなら、アニメーターかディレクター目指すのが筋だろう。

 小説家を目指しても怒られない大義名分? アニ豚がか?

 ならおうに感動した。

 あるいは嫉妬した。

 こんなゴミ小説を駆逐せねばならぬ。ふん。

 これならいいのかな。知らん。

 あー。

 憧れている作家は?

 これなんだ。

 俺は女流作家の方が好きだ。

 男か。パンチ、キック、ファイア。単細胞。

 女心は面白い。ビタ一文も出したくなくなるが。

 あー。最強主人公か。

 温い。

 全部、美少女化されてるんだよな。ソシャゲで。

 炎使い、格闘家、剣士、魔法剣士、能力持ち。

 みーんなソシャゲになりました。

 バトル?

 あー。

 今は無料でRPGが出来る時代なんだよな。スマホで。

 あるいはフリーゲーム。

 ダンピングされたんだ。

 書いても仕方ないんだよ。売れない。

 アプリによっては1兆ダメージとか出るからね。

 ソシャゲの走りはガ●ャポンだ。

 あのロボットアニメ中世のRPGにされた。

 あれが別衣装だ。

 あれも美少女化された。

 女騎士って全部あの子のパクリだろう?


 +


 いいか。

 全ては「作者が喰う」ためだ。

 真似ても意味ねえんだ。

 お前は後追い野郎だから、読者なんてつかないんだ。

 技法など研究してる場合か。

 客を呼べ。ツブヤイターをフォローしてもらえ。

 あれなー。

 誰が知らない作家を。

 本1冊って高いんだよ。

 最低でもアニメ化。

 いやー。古本屋って神だった。ビニールかかってなくて。

 敷居高いんだよな。長期連載。

 あー。


 優勝劣敗 世界の真理

 されど報酬 微々微々微々

 浮世の寝床 いつかはさらば

 ゲームで強くて何になる

 数学を覚えれば充分だ


 ああ。やる瀬ない。何なんだ。


 +


 微分積分 皆同じ

 関数を解析して何とする

 リアルでグラフなんて使わない

 研究班は皆賢い

 時代遅れの作法を学び

 老人たちは嘲笑う

 良かろう 老後は1人で生きろ

 介護会社の株は買いません


 +


『もしも異世界転生をさせてくれる神様が鬼畜外道だったなら』


 YOU YOUNG

 SUPERPOWER?

 CHEAT IS BAN!


 キキー! どかーん!

 ぼくはトラックに轢かれて死んだ。

 やった! 異世界転生だ!

《やあ、お前。死んだねえ》

 神様が目の前に現れた。

 御託はいい。とっととチート能力を寄越せ!

《はいはい……。どんなのがいいのだね?》

 そうだなー。

 やっぱり最強の能力を身につけて、気に喰わない奴らをばったばったと皆殺しにしてやりたいね!

 それと童貞のままで死んだから、来世では女の子を侍らせてハーレムを作りたい。

(よし……!)

 とにかく最強の能力で、女の子にもモテモテになるめっちゃ凄い能力が欲しい!

 ぼくは神様にそう願おうとして……


 ぷぅ、と。

 情けない音がぼくのお尻から漏れた。


(恥ずかしい……!)

 死んだのに。もう肉体がないはずなのに。

 屁が出るってどういうことだよ……。

(ああ……)

 大恥をかいた。悔しい。

 何だろうな……。

 屁をこいた時に、自動で周囲の音が消える能力でもあればいいのに……。

《分かった。それだな》

「は?」

 神様は真面目な顔で頷いていた。

《貴様にそのチート能力を授けよう。さあ、次に生きる異世界では、今よりまともな人生を送るがいい》

「ちょっ、ちょっとー!」

 神様はぼくの抗議など聞いてくれなかった。

 ぼくは異世界に転生した。


 気が付くと森の中にいた。木々のざわめきや、鳥の鳴き声。

(…………)

 ぼくは……

 ぷぅ、と。

 屁をここうとして……。


 ――しぃいいいいいいいいいいん、と。

 周囲の音が消え去った。


(何と言うことだ……!)

 数秒後には音が戻ってくる。

(――【サイレント・アサッシン】!)

 ぼくの身につけたチート能力をそんな名前で呼ぶとしよう。

 ぼくはこのチート能力を活かして、この異世界でばったばったと大活躍をして、そしていずれはハーレムを……!

「出来るかぁあああああああああああああああ!?」

 ぼくは絶叫した。

 その声を聞き付けて、魔物が襲って来た。死に物狂いで逃げ出した。


 数年後。

 ぼくは冒険者になっていた。

「やった! ついに手に入れたぞ……! これが伝説の……!」

 暗い迷宮の奥深く。宝箱を開いた。

 仲間? いねーよ。ソロだよ。

 ぼくが艱難辛苦の冒険の果てに手にしたのは……

「屁こきクリスタル!」

 身に着けた者の屁が止まらなくなるという伝説の宝石! つーか、むしろ呪いのアイテム!

(ふふふ……! ついに……!)

 しかし、ぼくの心は喜びで一杯だった。顔のにやけが止まらない。

 ついにぼくがチートを活かして、大活躍出来る舞台が整ったのだぜ、ふははー!


 ぼくは暗殺者になった。依頼の成功率は100%。裏社会ではちょっとした顔だ。

「……! ……! ……!」

(死ね)

 ぶくぶく太った金持ちが目の前にいる。声を出せないが、命乞いをしているのは分かった。ぼくは容赦なく喉笛を斬り裂く。

(金目の物はいただくぜ)

 ぼくが狙うのは金持ちだけだ。依頼の報酬とは別に金品も奪い取る。ちょっとした役得ってやつさ。

「おねえさーん! いいことしよう!」

「また来たの……。あんた……」

 依頼の報酬を受け取ったぼくは、その足で夜の町を訪れた。そういう商売をなさっているお姉さんと、今日は朝までハッスルだぜ!

(はぁはぁ……!)

「相変わらず下手ねー……。普通、少しは上達するんだけど……」

(ふぃー……)

 ぼくが幸福な余韻に浸っていると……

「見つけたぜ、サイレント・アサッシン! 両親の仇だ! 死んでもらう!」

「ふん……。雑魚が……」

 ぼくは得物を構えた。行為の最中でも、武器は手放さないさ。

 裏社会に生きる人間の当然の用心。

「貴様如きが何人かかってこようと敵じゃないぜ!」

「分かっているさ……。貴様は強い……!」

 武器と武器を構え対峙する。

 ぼくはこの数年で修業を積んで、物理では最強クラスの名をほしいままにしている。

 魔法は使えないが些細なことだ。この世界の魔法は呪文詠唱がないと使えない。つまりぼくのチート能力の前ではまったくの無力。最高だね!

「だが、何の対策もなく来たと思うなよ! 喰らうがいい! これが俺の発掘した……!」

(――【サイレント・アサッシン】!)

 屁こきクリスタルは腹部にさらしで巻いている。ぼくはチート能力を発動した。

(黙れ。そして死ね)

 周囲の音を消し去る。屁をこくことで。

 ぼくは必勝を確信し――

「え……?」

 ぼくの声が漏れた。

 そう。

 ――声が漏れた。

「何だと……!?」

 屁が出ない。

 どういうわけか屁が出ない。

 しかし、ガス自体は体内で生成されているようで、ぼくのお腹はどんどん膨らんでいる。

「どういうことだ!」

 ぼくは思わず叫んでいた。

「ケツ穴塞ぎの杖! 一定時間周囲の人間に屁をこけなくさせる! 貴様の能力の正体は見切った! このマジックアイテムを手に入れるために、俺は仲間たちと艱難辛苦の冒険を……!」

(何てことだ……! まずい!)

 ぼくは絶望した。

 屁がこけなければ、ぼくのチートはまったくの無力!

 何か何か打開策は……!

(あ)

 パーン、と。

 音を立てて。

 ぼくのお腹が破裂した。

 ぼくは死んだ。


《やあ、お前。異世界は楽しかったかい?》

 目の前にいつかの神様がいた。

 ぼくは猛抗議した。

「あんなクソ能力で無双出来るわけねーだろ! 素人童貞のままだったし! 次こそは最強のチート能力を手に入れてハーレムを……!」

《次などないよ》

「は?」

 神様の宣告は無情だった。

《お前は元いた世界に転生するのだよ。これから未来永劫ずーっとな。どの人生でも童貞のままだよ。正社員にすらなれないブラックバイトで一生を過ごすんだよ。何回でも何回でも》

「は? は? は? 嫌だぁあああああああああああああああああああああああっ!?」

 神様の言葉を理解したぼくは叫んだ。

 ああ……

 ぼくが……

 ぼくが消えていく……


 ぼくは……

 ぼくは……

 ぼくは……


 …………。


 おぎゃぁおぎゃぁおぎゃぁ……!


「あなた、産まれたわ! わたしたちの赤ちゃんよ!」

「ああ、何て可愛いんだ! よくやった! この子の将来が今から楽しみで楽しみで仕方ないな!」


 +


 ついにゲームの世界に転生したぜ!

 アイテムボックス! ステータス!

「うーむ……」

 ステータスはあんまり高くないな……。まあいい。

 成長する楽しみがあるってものだぜ!

「勇者さま。王様がお呼びなのでお城に来てください」

 うおおおお! テンション上がってきたー!


「勇者よ。魔王を倒してまいれ」

 おう、いいぜ! だけどタダとは言わないよなー? 見返りは何だ。

「美人の娘が10人いるから、全員嫁にあげるよ。上が17歳で下が10歳」

 うおおおお! ハーレムだー!

 いいぜ。この勇者様が魔王をぶっ倒してやらあ!


 こうして俺の冒険が始まった。仲間は全員女の子だ!

「勇者様……。私もお嫁さんにしてください!」

 もちろんいいぜ!

 冒険を通じて深まる絆。

 俺たちの邪魔をするなんて神にも出来ねえ! 仲間たち全員を嫁にした。


 魔王を倒した。

「わ、わたしを倒すなんて……! お嫁さんにしてください!」

 魔王はロリロリの美少女だった。もちろんハーレムに入れてやる!


 城に凱旋。

「おお、勇者よ。まさか魔王を嫁にしてしまうとは! お主こそ真の漢! さあ、娘たちを嫁にもらってくれ!」

『勇者さま、抱いてー!』

 ついに感動のエンディングだ!

 長かった……。

 本当に本当に長かった……!

「魔王を倒すまでエッチは駄目よ?」

 仲間たちはこう言うし……

「王様にごめんなさいするまでは、君とはエッチ出来ないのだ……」

 魔王の奴もこう言うしよぉ……。


 しかし、我慢もここまでだ!

 ついにエロエロな肉欲の日々だぜ!


 俺は嫁たちを抱き締めようとして……

(あれ……?)

 身体が動かない!

 いや、俺だけじゃない。

 世界そのものが静止したかのように、ピクリとも動かなくなっていたんだ!

「どうなってる!?」

 俺は叫んだ。

 かろうじて声だけは出た。

 仲間たちも魔王も王様も娘たちも。

 その他大勢の兵士やギャラリーたちも。

 ピタリと動きを止めて動かない。表情すら変わらない。

「どうなってんだ!?」

 俺は再び叫んだ。その時だった。

《やあ、お前。エンディングだよ》

「あんたは……!」

 目の前に知った顔が現れる。俺をこの世界に転生させてくれた神様だった。

「どういうことだよ!?」

《だから、エンディングだよ。お前は自分の意思で冒険していたつもりだろうが、実はプレイヤーに操作されていたに過ぎないのだよ》

「何だと……」

《エンディングに辿り着いた。お前の冒険はここで終わりだ。一般ゲームの世界だから、エロシーンは実装されていない》

「そんな……!」

 俺が何のために頑張って来たと思ってるんだ……!

「これからどうなるんだ!」

《誰かがゲームをプレイし続ける限り、永遠に同じ冒険を繰り返すよ。ああ、記憶は消してあげる。新鮮な気持ちで最初から冒険できるよ。だけど再びエンディングに辿り着いたら、全てを思い出させてあげる》

「無間地獄じゃねーか!?」

《お前が望んだことだよ。死んだ時に言ったじゃないか、「ゲームの世界に転生させてくれ」って》

 そんな……。

《このゲームをプレイする人が誰もいなくなった時が、お前の死だ。その時はまた別のゲーム世界に転生させてあげよう。エロくないやつ》

「やめろぉおおおおおおお!?」

 その時、世界が白い光に包まれた。

 俺は……俺は……俺は……

《New Game》

  …………。

  …………。

  …………。


「勇者さま。王様がお呼びなのでお城に来てください」

 うおおおお! テンション上がって来たー!


 +


 キキー! ドカーン!

 トラックに轢かれて死にました。

 なるほど。これが異世界転生というやつですね!

《やあ、お前。死んだんだけど……》

 神様が現れました。ぼくの願いを叶えてください!

《近頃の魂はどいつもこいつも……。昔の連中は「ぼくは天国行きですか、地獄行きですか!?」って可愛げがあったよ……》

 神様のぼやきなんて、ぼくの知ったことではありません。

 異世界転生させてくれるのですか? くれないのですか?

《いいよ》

 やったー!

《で? お前はどんなチート能力が欲しいのよ?》

 チートなんて要りません。今の記憶を引き継ぎ出来れば充分です。

《ほぅ?》

 こう見えても、ぼく医大生だったんです!

《知ってる。ワシ、全知全能》

 異世界の人たちを、ぼくの知識で助けてあげたいです。

 知識チート!

《あっそう。別にいいよ》

 こうしてぼくは転生しました。


「何て遅れている文明なんだ!」

 これはやりがいがありそうです。

 ぼくは医大生としての知識を活かして、病気の撲滅に一生を捧げました。

 そして――

「異端じゃ、異端じゃ! 火炙りじゃー!」

「何で!?」

 ……野蛮な現地の宗教家たちに、悪魔の手先として処刑されたのです。

《やあ、お前。久しぶり》

 神様! ぼく、悪いことをしましたか!?

 あんなに一生懸命頑張ったのに!

《そうね。お前は立派だったよ。ハーレムも作らんかったし》

 いやその……

 お金と機会があれば作りたくないとは言わないですよ?

 でも、仕事が大変で忙しかったと言いますか……。

 診療費もほとんど取ってなかったですし。

《それも立派》

 そうだ。ハーレムなんてどうでもいいんですよ!

 ぼくはどうしてあんな死に方をしなくてはならなかったのか?

 どうしても納得がいきません!

《お前はいい子なんだけど……人の悪意に疎いねぇ》

 知りたくもありません、そんなもの。

 やり直しを要求する!

《有能な人間が実力を発揮すれば、周りが幸せになれるというのは錯覚だよ。世界はそんな単純じゃない。それでも、また転生したいかい?》

 はい!

《元の世界に戻してやろうか?》

 いえ、ぼくはあの世界を愛しています。たとえ殺されたとしても。

《そう。じゃあ、もう1回あの世界だね》

 感謝します。

《ただし今回は記憶の引き継ぎはないよ。まっさらな状態から人生を始める》

 ぐっ! それでもいいです。頑張ります。

 あの世界で得られる知識と教育と経験だけで、多くの命を救ってみせます!

《そう。頑張れ》

 …………。

 …………。

 …………。


 ぼくは医者だ。

 王都から遠く離れた島で暮らしている。島は決して豊かでなく、ぼくに教育を与えてくれた両親には感謝している。


 その両親もすでに亡い。

 医者としてのぼくは多忙だった。

「あなた、お茶が入りましたよ」

「ああ、ありがとう」

 妻がいる。幼馴染だ。ぼくなんかを支えてくれるのは感謝しかない。

「あのさ……」

「何です?」

「いつもありがとう」

「何ですか、今さら」

 妻は照れ臭そうに笑った。

 …………。

 …………。

 …………。


 島を病が襲った。未知の伝染病だった。

「先生! 息子が……!」

「ウチの子もです! どうかどうか!」

(くっ……!)

 ぼくは無力だ。

 かろうじて出来るのは進行を少しでも食い止めることだけだ。

 ……妻が倒れた。

「馬鹿か……!? どうしてこんなになるまで!」

「だって……あなたの足を引っ張ってはいけないですもの……。あなた……必ずこの病気を……」

「分かってる! おい、目を覚ませ!」

「…………」

 それが妻との別れになった。彼女は二度と目を覚まさなかった。

 ぼくは……ぼくは……

 ぼくは……


 ぼくは医療に全てを捧げた。寝食すら惜しみ、患者たちを診た。

「先生……」

 分かってる。

 こんなものは根性論だ。どんなに必死に頑張ったって、神様は奇跡を起こしてくれない。

 絶望がぼくの心を支配しようとしたその時だった!


「いやっほう! ついに異世界に転生したぜ! 思ってた通りの野蛮な場所だ。早速俺様の知識チートで、この島の病気を根絶してやらぁ!」

「…………」

 島の病気はなくなった。

 しかし――

「何でだよ!? 何で俺が死ななきゃならねーんだ! 火をつけるな、やめろぉおおおおおおお!」

 ヒャッハー! 火炙りだー!

 ぼくは異世界からの転生者とやらを教会に密告して殺させた。

 もちろん賄賂も使ったぜ!

「や、やめて……ぐふっ!?」

 ざまあ見ろ! 天罰だ! 炎と煙に巻かれて死んだそいつの姿を、ぼくは残酷な喜びと達成感で見つめていた。

 罪悪感? そんなものあーりません!

 ぼくの努力と妻の無念を軽々と踏みにじってくれたクズ野郎は、死んで当然なのですよ、げひゃーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!

 …………。

《やれやれ》


 +


 ふはははははー!

 オレは異世界に転生したぜ!

 チート能力も手に入れた。これ以上ないってくらい、最強で無敵の能力だ。

《やあ、お前。注意事項があるんだけど……》

 うるせえ! オレはチュートリアルは飛ばす派だ! とっとと異世界に行って、この最強の能力で試し斬りしまくってやるぜ、ふははははー!

《あっそ。好きにせい》


 異世界に行った。敵が現れた。

「【ギガンティック=ルーンブレイカー】!」

 チート能力を発動! 敵は死んだ。

「ふはははははははー! オレが! このオレこそが最強だー!」

 最強の能力を使って、オレはありとあらゆる敵を倒した。


 金を奪った。持ち物も奪った。

 富める者はますます富む。

 金と権力を手に入れたのなら、次は女だ!

 世界中の美女をものにしてやるぜ!

 チート能力があってハーレムを作らない理由はない!


 数年後。

「ふははははははー! オレが! オレこそが世界の王だ!」

 オレは世界を制覇した。

 あらゆる財宝をかき集め、美女という美女をものにした。

 不老不死にもなりたいが、どうしたものだろう……。

 あのクソ神様をぶん殴れば、永遠の命が手に入るだろうか。

《やあ、お前。ちょっと用事があって来たよ》

「いい所に来たな! 不老不死を寄越せ!」

 神様が現れた。どんぴしゃのタイミングだな。

《はぁ……》

 神様はわざとらしくため息をつきやがった。オレを誰だと思っている!

《お前こそ分かってる? ワシは神様よ、神様》

「うるせえ! 喰らえ! 【ギガンティック=ルーンブレイカー】!」

 オレはチートを発動した。ずがーん! どかーん!

 ふはは! 神様め! 死んだか?

《死ぬかっちゅーねん》

「な……!」

 神様は無傷だった。馬鹿な! オレのチート能力が通用しないだと!?

《ワシがあげたチートやっちゅーねん。効くわけないやろ。それはともかく――回収》

「は?」

 オレの中から力が吸い取られていった。

「何をした!」

《チートを取り上げただけだよ》

「何だと! 何の権利があってそんなことを!」

《だから、ワシ、神様やっちゅーねん。最初に言おうとしたのよ? 「このチートには使用期限がありますよ」って》

「は……?」

 オレは呆然と立ち竦んだ。

《何と言うか。説明聞かなかったお前が悪いよね。あ、そうそう。神様の力を使用して、この世界の住人全員に、お前がチートを失くしたことは伝達しておいた》

「何しやがるんだ、てめえ!?」

 ヤバイ。マズイ。これ以上ここにはいられない。

 チートを失くしたことを知られた?

 オレは、オレは、オレは……

「うわぁあああああああああああああああっ!?」

 オレは逃げ出した。


 数年後。

「うぅ……怖いよぉ。世界は今どうなってるんだ……」

 オレは山の中で暮らしていた。神様の言った通り、チート能力は失われていた。

 獣のような生活を送っている。かつての栄華が嘘のようだ。

《やあ、お前。おひさー》

「何しに来やがった、てめえ!」

 神様登場。

 ぶっ殺してやりてえが、人間には不可能なのだろうか。

《いやね? 不思議に思ってるんじゃないかと思ってさ。やりたい放題やってたお前がチートを失くしたのに、どうして追っ手が来ないのか》

「……ああ」

 気に喰わない奴はぶっ殺す。美しい女は全て犯す。

 それがオレのかつての日常だった。今は反省している。


 だから、どうか。

 どうかどうか見逃してください……!


《何かねー。ワシが伝達したのが裏目に出たみたい。「あの神様が言うことは嘘っぱちに違いない」って皆思って、まだお前は恐れられてるみたいなのよ》

「は?」

《何かねー。ショックだわー。ワシって信頼ないのねー。人間たちのために頑張ってるつもりだったんだけど……》

 心なしかシュンとした顔で神様は消えてしまった。


(そうか、そんなことになっているのか……)

 オレは祈った。誰に祈っているのかも分からないままに祈った。

 どうか、この命の寿命が尽きるまでに、オレを殺しに来る奴が現れませんように!

 死にたくない、死にたくない、死にたくない……。

 オレは生きたい。生きていたい!

 どんなに醜くて自業自得と言われようが、それが本心なんだよ、クソったれ!

 …………。


 ある山があった。

 麓には村があった。

「おじーちゃん。どうしてあの山に入っちゃいけないの?」

「うむ。孫よ。あの山にはそれはそれは恐ろしい魔王がいるのじゃ」

「まおう?」

「そうじゃ、気に喰わない奴は殺し、美しい女は片っ端から犯した。恐ろしいチート能力を持っていて世界中で恐れられていた」

「ぼく、魔王をやっつける!」

「駄目じゃ! 昔神様が『魔王のチート能力は失われたよーん』などとお告げを下したのじゃが、皆は魔王の罠だと思っておる。それを信じて退治に行けばきっと……ぶるぶるぶる」

 老人は首を竦めた。

「さあ、帰るぞ。お母さんがご飯を作っとる」

「うん……」

 子供は素直に頷いたが内心では納得していなかった。

(魔王……悪い奴)

(ぼく大きくなったら魔王をやっつけるんだ!)


 数年後。

 山の中で無力な老人が惨殺された。

 犯人の少年とその仲間たちは英雄として人々に讃えられ、末永く幸福に暮らしたそうだ。


 +


 死にました。あのクソみたいな世界に未練はないから、それはいい。

 転生させろ。とにかくさせろ!

《はいはい。どんな世界をお望みだね?》

 エロゲ世界だ!

《はぁ》

 もう、あんな潤いのない人生はうんざりだ!

 エロゲのように、どろどろでねっちょねちょでぐっちょぐちょで、いやーんでうふーんであはーんな、ずっこんばっこんな世界に行きたい。

《分かった。エロゲ世界な》

 うおおおおおおおおおおおおおっ! この神様は話が分かるぜ!

 オレはエロゲ世界に転生した。ピンク色で肌色塗れな、肌はすべすべ髪はさらさら、ぼいーんな美女と美少女に囲まれた愛欲と酒池肉林の日々であった。

 うぉおおおおおおおおおおおおっ!

 オレが望み続けていたものがここにある!

 こんな日々よ! いつまででも続いておくれ!


 プレイヤー「飽きたわ。アンインストールするわ」


 うぎゃあああああああああっ!?

 オレが世界ごと消えて行くぅううううううううううううううううううっ!


 +


《どうも。神様じゃよ。鬼畜外道という評判だけど、ワシはそんなに酷いことしてるつもりはないのよ。マジで》

《ワシが世界を造ったの。そりゃ酷い思いをしている奴もおるやろうけど、世界の創造主に面と向かって「お前の造った世界はクソだ」と言ってのける神経の方が酷くね?》

《ショックだわー。ワシ、マジでショックだわー》

《ちょっと愚痴るね。君は世の中が思い通りに行かなくてイライラしたりすることはある? そう。なるほど。ほうほうほう》

《じゃあ、聞くけど。本当に世の中が自分の思い通りになって欲しい?》

《世の中が思い通りになるってのは、言い方を変えれば、世界の全てを君が考えて指示しなくてはならないってことよー?》

《地球の裏側から隅々まで。人間から動植物まで。生き物から自然現象まで全部ぜーんぶ》

《君が考えて指示しなくてはならない。そんな世界にマジで住みたい? 人間の脳の容量だと無理やで?》

《君が何も言わなくても、指示しなくても。世の中の人間は勝手に動いてくれてるねー。ご飯を作り、家を作り、服を作り、娯楽産業を発展させ、医療や薬学に従事してくれる》

《世の中が思い通りにならないっつーのは、そんなに悲観すべきことかね?》

《そりゃもちろん嫌なこともあるだろうよ? しかし、世界が思い通りにならないメリットを享受しているのならば、デメリットも受け入れるべきじゃね? と思う所存》

《まあ、ワシは神様だから、人間とは考えがズレてるんやけどね》

《自分で造ってみたものの人間の気持ちってさっぱり分からん。何でこんな風に反抗的で意地汚いんやろ。分からん。全然分からん。さっぱり分からん》

《まあ、ええけど。見てる分には面白いし》

《そんじゃまあ、この辺で。ワシはいつでも君たちを見守ってるよ。――異世界転生がしたくなったらいつでもおいで? 好きな世界に転生させてあげるから》


 SORRY MAY I BUY RESET BUTTON?


 +


 えっとさ。

 俺、岬裕明って者なんだな。

 学生時代は書道部だった。

 渾身の小説が伸びなくて泣きそうなんだけど、君の目から見るとどこが悪いかな?

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