3.〝依代〟選定の儀式

 公爵家から半ば閉め出されているため、当然、日々の糧は自力で稼がなくてはならない。


 居住地だけは公爵家の邸宅でも、資金や食糧などの生命に直結するものや、家具や衣料品などの生活必需品に至るまで、公爵家の支援は一切ないのである。

 敷地内に置いているだけ情けを掛けている、と、第一夫人側は思っているかもしれないが。


 ゆえにテオドアは、七歳になったころから、公爵家の外でこっそりと仕事を請け負っていた。

 母には渋い顔をされたが、彼女の内職では到底、家計を賄いきれないのもあり、どうにか許可をもぎ取った。

 そも、平民に生まれていれば、立って喋れるようになるころから家業の手伝いをさせられるものだ。

 だいたい二歳ごろに前世の記憶を思い出したテオドアは、これでも遅いくらいだ、と思っていた。


 毎日、夜明けとともに家を出立し、公爵家の広大な領地の端にある町に辿り着く。

 トズタ、という名前の町だ。

 隣接する領地から仕入れられた鉄や鉱石がいったんここを経由するため、古くより武具の生産業が盛んな地域だった。


 別領地が近いということは、流れ者も多く流入するということ。

 テオドアは素性を隠し、母を支えるために出稼ぎに来た平民の子を装って、二年前からこの地で働き続けていた。


「おい、テオ! どこにいやがる! さっさと来い!」

「はい!」


 廃棄予定の屑鉄や鉱石を裏に運んでいると、テオドアを呼ぶ怒鳴り声が響いた。慌てて店の中に駆け込み、声の主のもとへ馳せ参じる。


「お呼びですか、店長」

「呼んだに決まってんだろうが。いちいち確認すんじゃねえ」


 そうぶっきらぼうに言い放つのは、この道具屋の主である、壮年の男性だった。

 見目は厳つく、物言いも愛想が良いとは言えないが、身分がはっきりしないテオドアを雇ってくれる人物だ。悪い人ではないだろう、と、テオドアは勝手にそう思っていた。

 店長は、駆け寄ってきた〝テオ〟の姿を見て、「まァ、及第点か」と溜め息をつく。


「おい、俺は野暮用に行ってくる。オマエが適当に店番しとけ」

「え、僕がですか? でも、店番なんてまだ一回も……」

「あー、良い良い。どうせ客なんて来ねえよ。こんな辺鄙なとこ。オマエも薄汚れちゃいるが、作業場のアイツよりゃマシだろ。じゃーな」


 止める間もなく、店主はエプロンを外し、放り捨てて去っていった。


 ここは大通りから少し外れた、裏通りに面した店だ。武器、防具、日用雑貨、その他諸々の道具を扱っている。

 共通しているのは、魔力が籠っていない道具、ということ。

 店主は売り物の質にこだわり、遂には工房を併設して選り抜いた素材で品物を作らせる徹底ぶりだが、いかんせんその努力が売り上げに結びつかないのが悩みの種らしい。

 二ヶ月前にテオドアを雇ったのだって、前にいた唯一の雑用係が辞めたので渋々、という貧窮ぶりだ。


 前の仕事を追い出されるように辞めて、次の職探しを余儀なくされていたテオドアにとっては、ありがたい話ではあったけれど。


「まあ……座ってるだけなら、いいか」


 そう独りごちて、テオドアは店の中にある、粗末な木の椅子に腰掛けた。

 たったの二ヶ月しか働いていないが、それでも分かる。

 この店には人が来ない。まあ来ない。まったく来ない。

 来るのは、今は作業場で商品作りに勤しんでいるであろう、同じ歳くらいの少年の家族くらいである。


「お疲れー。店長、もう行った?」

「……クレイグ」


 訂正。たった今サボりに来た少年、だ。

 彼は、首に掛けた布で額の汗を拭きながら、テオドアの隣に立った。それからきょろきょろと周囲を見渡して、売り物の椅子を勝手に引き摺ってきて座る。


「良いの?」

「良いの良いの。どうせ売れないんだし。家具って使われてナンボでしょ」


 ひどい言い草だが、事実ではあるので、テオドアは黙った。

 クレイグはぐっと伸びをして、あくびをひとつ。自由な振る舞いである。


「店長も可哀想にね。こんな時期じゃなければ、魔力の無い道具でもそこそこ売れたかもしんないのに」

「こんな時期?」

「あれだよあれ。〝依代〟選定の儀式。えーと、〝アムーリアの儀〟とかいうやつ」


 ああ、とテオドアは頷いた。公爵家にいると、嫌でもその話題を耳にするからである。

 もちろん、そんな事情は口に出さない。ここではあくまで、「平民のテオ」として振る舞わねばならないのだ。


「ぶっちゃけ、俺たちには関係なくない? 王家と貴族と神殿が騒いでるだけじゃん。魔力無しにとっちゃ雲の上の話っていうかさあ」

「君は魔力があるよね」

「ほんのちょっとだけな。魔道具動かすのがやっとだよ。そんなカッスカスの魔力のやつが、〝依代〟に選ばれるわけねえもん」



 今から千年も昔のこと。

 まだ神々と人間が、地上で共存していた時代。神々の間で、突如として争いが起こった。


 原因がなんだったかは伝わっていない。災禍の神が招いたとも、ある一人の美女を求めた人間たちの戦争から端を発したとも言われている。


 世界を二つに割り、神々も人間も入り乱れて壮絶な戦いを繰り広げた末に――この世の全てをつかさどる最高神が、消滅してしまった。

 他にもさまざまな神が消滅したらしい。生き残った神たちは事態を重く見て、肉体を捨て、天界に居を移した。

 人間との隔絶の時代が始まったのである。

 

 しかし、最高神のいない世界は、ゆっくりと衰退していった。

 草木は芽吹かず、作物は育たず、家畜は子を産まず。代わりに魔物が増え、人の手に負えぬ災害がいくつも起きた。


 翻って、神々も困っていた。消滅した神にも権能があり、司るものがあった。ゆえに、代わりに新しい神が生まれなければならないが、どんなに待っても、生まれてくる気配がない。

 自然発生するはずの神はもとより、神同士で結婚した間に生じるはずの子も、最高神が消滅した直後から一切、まったく生じなくなったという。

 

 神々は考えた。

 最高神は必要だ。しかし、残っている神々から選出しようとすれば、また争うこととなる。

 ならば、自分たちが容易に御せる人間に、すべての権能を与えて〝依代〟としよう。

 どうせ百年と持つまい。強すぎる力を持ち続ければ肉体が自壊する。だから、百年ごとに代替わりをさせて、この世界を永く続かせよう。


 これが、千年続く依代の選定、〝アムーリアの儀〟の始まりである――らしい。


「魔力がすごく高い人が選ばれやすいんだっけ」

「そうそう。うちの国、ここ四百年くらい〝依代〟が出てないとかって、張り切ってる貴族が多いらしい」


 〝依代〟になるのも、ただ待つだけではいけない。

 まず、〝依代〟の候補が、それぞれの大国から一人ずつ、合計で五人が選出される。『光の女神』が受肉して降臨し、候補に相応しい人間を手ずから選び出すとか。

 そこから候補者たちが争って、勝ち残った一人が〝依代〟として、最高神の権能を授けられるそうだ。


 その他にもいろいろな行事があったはずだが、興味が無さすぎて覚えていない。

 まあ、〝依代〟に選ばれるのは、国にとってもその家族にとっても大変な名誉だとされるのは知っている。即ち、その世代で世界最強の称号を得たに等しいからだ。

 〝依代〟自身も百年は最高神として天界に住み、好きなように振る舞えるため、その座を得たい者も多いのだとか。


「王都に近い魔道具屋には、貴族が押し寄せてるって噂。魔道具を何個持ったって、生まれつきの魔力量も貯蔵量も変わんないのにな」


 あーあ。俺も魔道具屋に勤められたらなあ。と、クレイグは背もたれに体重を預け、頭の後ろに手をやった。


「魔道具の店に勤めるなら、微妙でも魔力持ちは嫌がられるんだよ。魔力の籠った道具は繊細だから、影響受けさせちゃいけないんだってさ……テオドアなら合格しそうだけど」

「それが」


 と、テオドアは苦く笑った。


「実はここで働く前は、魔道具のお店で働いていたんだ。でも、一週間でクビになった」

「え? なんで?」

「それがなんとも……。僕が触ると魔道具が軒並み破裂したんだよね。魔力は無いはずなんだけど……」

「それはただ単に握力が強すぎるだけだろ」

「わかった。クレイグ、握手しよう」

「この話の流れで!? いやいや、怒るなよ、冗談だって! な?」


 特に怒ってはいなかったテオドアは、けれど黙ったまま右手を下ろした。クレイグの慌てぶりが面白かったからだ。

 クレイグは露骨にホッとした様子で、少し早口になりながら話を戻した。


「魔道具屋に客が取られてるっていっても、この店の寂れ方は本当に異常でしょ」

「うーん……どれも良い商品だと思うんだけどな……」

「ま、俺が作ってるし。店長がコネとかツテとかが嫌いなのが原因だと思う。でもさ、実際、ドカンと大口の依頼が来なきゃやってけないだろ。どっかに羽振りのいい貴族の坊ちゃんとか落ちてねえかな」

「貴族はそこらへんに落ちてないよ」


 ここにいるのも一応、貴族の坊ちゃんだが。羽振りが良いどころか、毎日の生活もカツカツなので、残念ながらこの店のパトロンになることはできない。


 ……お金、欲しいなあ……。


 ちょっとだけ憂鬱な気持ちになっていると、通りの向こうから、ぱたぱたと軽やかな足音が聞こえてきた。


「クレイグ! 昼メシ持って来てやったわよ!」

「んげえっ! 姉貴!」


 今までのんびりと椅子に座っていたクレイグは、まるで跳ねるように立ち上がった。

 店先に現れたのは、同じ暗い橙色の髪に、男女の違いを加味してもそっくりな顔。クレイグの双子の姉だという女性だ。

 ここで働き始めて、まだたったの二ヶ月のテオドアも、何度か顔を合わせたことがあった。

 

「げえとは何よ、まったく。あんたが昼メシを忘れたから、わざわざ届けてあげ、……え、あっ、テオさん……!」


 彼女は、初めてこちらの存在に気がついたらしい。なぜか慌てた様子で一歩下がった。

 はて、と、テオドアは心の中で疑問を抱く。そんな反応をされるほど、自分は彼女になにかしてしまったのだろうか、と。

 彼女は落ち着かなさそうに、そわそわと視線をうろつかせ、ひとつに束ねた髪の先をいじる。反対の手に握っている袋には、クレイグの昼食が詰められているのだろう。


「あ、あの……ご、ごきげんようでございますわ、テオさん」

「う、うん? ごきげんよう……?」


 よくわからない挨拶をされて、戸惑いながらも返す。

 隣のクレイグは大爆笑していた。


「オ、マエ、それはねえよ……! っははは、あっはっはっ、ひいーっ! 腹がよじれる!」

「うるさいわね! テオさんの前なんだからしょうがないでしょうが!」

「いつの間にになったんだよ。この前まではなんともなかっただろ!」

「あんたみたいなガサツ人間には一生掛かっても理解できないわよ教えるわけないでしょ!」

「はあー!? 俺だって知る権利くらいあるだろ! オマエの〝面食い癖〟のせいで何度振り回されたことか!」

「今回は違いますー! 確かにテオさんは……か、かっこいい……けど、それだけじゃありませーん!」

「女の顔すんな気持ち悪い!」

「してないわよどんな発想してんの気持ち悪い!」


 遂には通りへ飛び出して言い争いだした姉弟を眺めながら、テオドアは椅子に座り直した。


 ……この騒ぎだと、ますますお客は寄りつかないだろうな、と思った。

 

 

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