タンデムマシン ガイアキーパーゼロ

豆井悠

第一話 起動せよ! ガイアキーパーゼロ!!

1 それはバイトで始まった……

「この世界は狙われている! 君はタンデムマシンに乗る覚悟はあるか!」


 白衣を纏った七十代くらいの老人が、僕を見据えて言った。


「……あ、あの、これはバイトの面接ですよね?」

「そうじゃ」

 背筋のしゃっきりとした大柄なその人が、オーバーに首肯する。

「ま、面接と言うよりは、タンデムマシン『ガイアキーパーゼロ』のバイトパイロット選考会じゃがな」

「……」


 意味が分からなかった。


 え? たんでむましん? そんな大層な物? のパイロットが、バイト?


「あ、あのう……タンデムマシン……とは?」


 老人の鋭い瞳が、きらーん、と輝く。


「よくぞ聞いた! タンデムマシンとは──」

 そこで老人の頭がすぱーん、と叩かれた。


「博士、まだ選考中です。機密事項の口外は、控えて下さい」

 僕と大して変わらない身長、たぶん、百六十五前後のその女性は、博士? を睨んでいた。そのクールな雰囲気に何故だか鼓動が早まる。

「い、痛いの~。沙恵さえくん! 少しは手加減を覚えんかい?」

「ボケ防止には、ちょうどいいじゃないですか」


 いや、あまり頭部に衝撃を与えない方が……。


「ええと、火野ひのタケルくん。高校二年生の十七歳」

 沙恵さんは履歴書の写真と僕を見比べる。


「それで、志望動機は?」

 まっすぐに見つめてくる。やはり、美人だ。白衣姿にも、グッとくるものがある!

「は、はい! お、お金が必要だからです」


 言ってから、しまった、と思った。いくらなんでもストレートすぎる。


「そうですか。お金のため、と」

 だが、彼女は平然と書類にそのまま書き込んでいた。

「結構危険を伴うお仕事ですが、大丈夫そうですか?」

「……はい、たぶん」


 え? 危険? 危険てなに? 脳内に、あらゆる危険が駆けめぐった。


「えーい、沙恵くん! そんなことはどーでもよいのじゃ!」

「よくありません!」

 食い気味にぴしゃり、と一喝。

「だ、だってえ……」

 博士は子供のように、しょんぼりと肩を落とした。


「失礼しました。差し支えなければ何のためにお金が必要なのか、お話していただけますか?」

「へ?」


 い、言えない……新作ギャルゲーを買うためなんて、こんな美人さんには……言えない、っていうか言いたくない!


「あ、あのう……そのう……」

 もじもじとする僕を、どこか冷たい視線が貫く。

「わかりました。エロいことに使うんですね?」


 え、えー? どうしてそう飛躍した? まあ、あながち間違ってはいない、が、僕が買うのはコンシューマー用だ。十八禁じゃあない! 名誉を回復しないと……。


「違います! エロゲーじゃなくて、ギャルゲーを買うんです!」



 あ、あれ? 静寂が痛いよ?



「……火野くんは、ギャルゲ好き、と」

「そこーっ! メモらない!!」


「ごうかーくっ!」


 突然上がった叫び声に、僕は飛び上がった。


「そうかそうか! やはり君もギャルゲーマニアか!」


 い、いえ、マニアって程では……あっ!?


「タケルくん、だったか。よろしくな!」


 ここで、じじいの熱い抱擁が!?


「ひひ、ひえ~!?」

「何を喜んでおる?」


 そう言うと、静かにその腕に力が込められていき、僕は締め上げられた。


「あっ! 博士!? 火野くん、白目剥いてます!?」

「なぬーっ!?」


 薄れる意識の中で、そんな叫び声がこだましていた。






 ここは、どこだ……?

 何とか意識を取り戻した僕は、辺りを窺った。どうやらベッドに寝かされているらしい。


 やはりこんな怪しいバイトには、応募しなければよかった。


 三日前、僕は切羽詰まっていた。どう考えても三か月後に発売予定のギャルゲーが、買えそうになかったのだ。


 いや、いくらなんでも五本は被らないでしょ、普通は?


 当然高二の僕にはそんなお金はなく、しかし、諦めることもできなかった。魅力的な限定版の封入特典+予約特典が、どーしても欲しいのだ。


 お店には悪いけど、前金制って、やめません? 本気でそう思った。


 で、時給の高いバイトを探していて……ここを見つけたのだ。


 いや、最初はおかしいと思ったよ?

田坂たさか研究所 時給三千円 詳細は面接時に応相談』

 こんなの、普通は応募しないよね? 詳細を応相談って、なに? 何でもいいの?


 それにさ、現地に到着してすぐに帰ろうと思ったんだよ。だって、見た目が超怪しい建物なんだよ? 僕のほかには誰もいなかったし……。

 でもさ……呼び止められちゃったんだよ、沙恵さんに。あんなにショートヘアがよく似合う、クールな美人さんに声をかけられたら、ついて行くしかないよね?


「はあ……」

 僕は思い切り、ため息をついた。


「気が付きましたか」

 そこに、沙恵さんが入ってきた。


 ん? なんだかほんのりと頬が赤いような……。


「では、こちらへ。博士がお持ちです」

「は、はあ……」

 起き上がり、その後をついて部屋から出る。

「……ふっ」


 あ、今確かに笑った!? しかも、なんかバカにされたような……。

 僕は意を決して確かめることにした。


「あ、あの沙恵さん。何かありましたか?」

「え? べ、別になにも……」

 怪しい……なぜ肩を小刻みに震わせているのか?

「ほんとですか?」

「はい。あ、こちらです」


 疑念を遮るように、武骨で大きなドアを指さす。


「では、参りましょう」

 沙恵さんがカメラのような機械を覗き込むと、ぴ、と電子音がして、ドアのロックが解除された。

「わ!?」

「あ、網膜認証です」

 始めてみる光景に、は、はい……としか言えない。


 と、しゅいいいん、とその大きなドアが開かれた。


「さあ、どうぞ」

 沙恵さんに背中を押され、その中に入る。

「? な、何も見えない……」

 しかし、視界は闇で覆われていた。


「やあ、タケルくん! 寝覚めはどうかね?」


 響いた博士の声に、最悪です! と言ってやりたかった。そんな僕の気持ちを置き去りにして、博士は続ける。


「見たまえっ! これが、タンデムマシン ガイアキーパーゼロだっ!!」


 かっ、かっ、かかっ! と照明が次々に灯されていく。


「え? ええっ!?」


 そして僕の目の前に、巨大なロボットが現れた。

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