第24話 現場検証2

 神野は滑らした右手が彼女の左脚の付け根を過ぎたあたりで一瞬止めるようにした後、放しながら


「『中本さん』とこの辺りで声がかかったんです。ほんとは『大友さん』だけど」

「なるほど。中本、痴漢された感じはどう?」

「また」


 神野、苦笑い。仙人も愉快そうに笑っている。


 中本秘書、微笑みながら、

「まあ、仕事ですから」

「どういう意味ですかね?」


 複雑な笑顔の神野の周りで、みんなで何やらニヤニヤしている。立会人の2人は難しい顔をしている。

 ここで、山本弁護人が急に真剣な眼差しになった。いよいよ、本気モードか。神野もミステリー事件の中に居るような気分でまんざらでもない。


「土屋さん。貴方に確認したいんですが、あなたが以前告発者の現場検証をした時の現場はこの位置で間違いないですか? 告発者の描いた図面ではそうなってますが」

「ああ、だいぶ前なんではっきりとは憶えてませんが、その辺だったと思います」


「だいぶ前って、いつ頃でしたか?」

「去年の秋頃だったと思いますが」


「事件が解決する迄は、はっきり憶えておいて欲しいですね」

「いやもう解決したと思っているので」


「どこが解決したんですか! 貴方の不手際で面倒な事になってるんですよ」

「不手際?」


 ここで、神野の堪忍袋の緒が緩み始める。


「告発者にだけ現場検証して、被疑者にしないのが不手際でないって言うのか、おぬしは?」


 山本弁護人、驚いて神野をなだめながら「まあまあ、神野さん、抑えて。村井さんから聞いていますが、意外と血の気が多いですね。ここは弁護人にお任せ下さい」

「いや先生、私は血の気は少ないですよ。貧血気味ですし、偶に立ちぐらみするんです」


「あまり関係ないと思うけど。それじゃあ仙人さんいや仙人、出番です。よろしくお願いします。私が指示を出しますので中本を使って測定お願いします。本日のメイン・エヴェントです」

「あ、中本さんを使っていいんですか? てっきり、ヒロさんだとばかり思ってたんで」


「良かったな、仙人。オレでなくって」

「うん、良かった。気合を入れてやるから、まあ見とって」


 山本弁護人、仙人の気合を見届けた後、立会人2人に向かって、

「小一時間かかると思いますので、お二人は事務室で休んでてもらってもかまいませんが」

「いや、暫く見させてもらいます」

「私も…」


 山本弁護人の指示の下に、仙人と中本秘書はきびきびと測定作業をこなしていく。


 仙人の測定した数値を、山本弁護人は用意していた図面に書き込んでゆく。

 受付からの距離も含めて、1時間足らずで測定は全て終了した。


「仙人、中本ご苦労さま。測定はこれで終わりです。この図面は事務所に帰ってから正確に仕上げます」

「仙人、中本さん、有難う。ご苦労さま」

「お安い御用だな」

「きっちりできましたね」


 山本弁護人、本店長に向かって、

「あと、写真を何枚か撮らしてもらいますね」

「写真ですか⁉。撮影禁止になっているんですが…」


「通常はそうでしょうね。今回は特別ですよね。警察や告発者の言う犯行現場ですから。以前にも警察の立ち合いの下で撮影したでしょう?」

「ええ、まあそうですね」


「法廷で使う大事な資料になります」

「そうですか」


 山本弁護人、仕事を終えたばかりの2人に向かって、

「仙人と中本、もう一頑張り。告発人と被疑者をやってくれるかな?」


「お二人、よろしく!」

「お任せ!」


「仙人さん、でなくて仙人でしたね、よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」


 山本弁護人は大友裕子の描いた図面のコピーを中本秘書に渡し、テキパキと指示をする。


 山本弁護人と神野はマシンフロアーから野々宮奈穂が最初に目撃したという受付窓口へ移動する。

 山本弁護人は神野を受付の椅子に座らせ、自分は鏡と神野の延長線上で、すぐ後ろに立った。


 大友裕子の指摘した告発者と被疑者のそれぞれの位置に中本秘書と神野を立たせ、次々と鏡越しに被写体を確認していきながら、デジカメのシャッターを切る。

 

 受付からは腹筋台は完璧に鏡に映っている。そして、神野が注目する唯一の場所、即ち実際の現場は映ってはいなかった。『これで、勝てる。いや、確率が上がったと言うべきか』、神野はそう思った。

 大友裕子と野々宮奈穂の作成した図は、現場位置を鏡に映る範囲内にシフトしている。2人で口裏合わせをしたようだ。恐らく法廷で2人は口裏を合わせて、鏡に映る位置を犯行現場と主張するであろう。


 山本弁護人とここの所の対処を十分検討する必要がありそうだ。

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