第19話 山本弁護人の調査2

 2年前の野々宮奈穂との一件。かって一世を風靡したナイスバディーの実力派女性歌手の朱里エイコさんと体形が正反対だと口を滑らしてしまった事である。あの時ムッとした彼女の表情は今でもはっきりと気憶している。

 しかし2年も前の事だ、いくら何でも…とも思ったが他には全く思い当たる事はない。


 翌日午前10時、予定通り山本法律事務所に到着。前と同じ美人秘書に迎え入れられた。同じ部屋に通され出されたコーヒーを飲んでいたらすぐに山本弁護人が現れた。


「お待たせしました」

「お世話になります。お先にコーヒーやってます」


「ああ、どうぞどうぞ。早速ですが神野さん、目撃者の野々宮さんとの事、何か見つかりましたか?」

「ええまあ。恐らくたぶん、『これかな?』と思う心当たりが有りました。間違いないと思います」


「それは良かった。これで先に進めます。が、その前に先日のKスポーツクラブでの本店長とのお話、先に話しておきますね」

「そうですね。お願いします」


「神野さんのクレームに対する彼の見解ですが、一つずつ行きますね。先ず、チェックイン中の外出を禁じられた件。神野さんの言い分は『当店は東京や大阪と違って地形のシンプルな場所にあり、ジョギングコースも1km先の河川敷なので何ら危険はない。店ごとに個別対応すべき』でしたね。本店長の言い分は『神野さんの言い分は理解できるが、東京本社で決定した事でありこちらは従うしかない』という事でした」


「そうでしょうね。大きな組織になると融通が利かなくなるのは致し方ないですね。ただ、いきなりでなく、予め掲示板にでも予告して欲しかったですね。まあ事情は分かるんで、その後はチェックイン前に河川敷に行くようにしてました」


「次に、消費税率アップに伴う差額徴収の件。会員の会費を収入源とする企業では一般的には会計処理は月単位に分けている。Kスポーツクラブでは年会員であっても会費は一旦プールして月ごとに入金処理をしている。だから税務署へもその額で報告するとの事です」


「そのお話は以前にも聴いた事はあります。しかしながら、消費税というのは消費者が支払った額に対しての税なので企業の会計とは別だと思います。会計処理を一括にするか月毎に分割するかは企業側の問題で消費税とはリンクしないと思います。この件は自説を曲げる事はできませんね」


「そうですね。窓口への直接クレームはこの2点でしたね。あと、プールに汚物が浮いていた件。これは回収した後、塩素消毒したようです。その後、水質検査でも問題なしと判定されたそうです。故にそれ以上のクレームは心外との事だと言ってました」


「そのように掲示板にも報告されてました。大腸菌が殺菌されても私はプールには入水できないですね」


「会費の値上げは経営上の事なので、経営者の判断ですとの事でした」


「それはそうですね。利用者が少ないのにエルゴメーターを新しいのに代えたり、機種を統一する為、良い機種を処分したりやってる事がめちゃくちゃです。その分を会費の値上げで対処するのは如何なものかと。経営陣が無能としか思えません」


「最後にもう一つ。定例会議でたまに話題に出るのが『神野さんが自分の女友達と話すようにバイトの女の子と話す事』。友達との長話は良いですが、バイトの子と長話されると仕事にならないとの事でした」


「なるほど。それはそうかもしれないですね。トレーニング談義をきっかけに親しくなった子と私語を交わす事はけっこうあったように思いますね。自分達は短時間に感じてても、思ったより長く話し込んでる事は有りますね。ただ仕事量の割にはフロアー担当のバイトの人数は多すぎます。かなり暇を持て余してますね。バイトどうしでの私語は良くないが、会員とならコミュニケーションの一環で良いのでは?」


「まあ、双方にいろいろ言い分はありますが、今回の裁判に関係あるのは、『本店長が神野さんのクレーム等に不満を持っていて、その事が野々宮さんの目撃者証言に影響しているかどうか』です」


「そうなんですよね。私は不満だらけだと思ってたんですが、そうでもなかったんですか?」


「彼の言い分は『神野さんのクレームや言動には不満も有るがそれが原因で敵視はしていない。原告と目撃者の話を聴いた上で、警察署に連れて行っただけです』との事で、目撃者とは上司と部下以外何もないそうです」


「そうですか。ヤツは悪人ではなかったか⁉」 



「では改めまして、神野さんがやっと気づいた『野々宮さんとの過去の出来事』を詳しく話してくれますか?」


 そう言いながら、山本弁護人は興味深そうな目つきで神野の顔を直視した。

 神野は改めて、2年前の野々宮奈穂とのフロアーでの一件を話した。

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